小説みたいなタイトルだけど、内容はビジネスエッセイです。
SmartNewsの資金調達をお知らせするプレスリリースが出て (*1)、日本国内の未上場のB2C事業だと最高の時価総額である2100億円という評価をいただき、もはやユニコーン企業じゃなくバイコーン企業だなんて呼び方も一部でされているようですが、そうなってくるとユニコーンつまり一角獣をテーマにした話を書くタイミングがどんどんなくなっていくんではないかと思って、あわててSubstackに駆けつけてきた次第です。こういう内容を書くには、これくらい静かなところがちょうどいい。
一角獣はノアの方舟に乗せてもらえなかった。あるいは、あえて乗らなかった。そういう民話が伝わっているそうです。方舟は洪水を生き延びるためのヴィークルなわけですが、とにかく一角獣はそれに乗らなかった。かくして一角獣は、洪水後の世界において幻の存在となった。転じて、未上場で1000億円以上の時価総額を認められる企業は、その珍しさからユニコーンと呼ばれているわけですが、自分がやりたいのは、この投資家目線の言葉遊びを、自分たちにとって意味のある言葉に転換してやることです。そこでこんな問いを立ててみるってのはどうでしょうか。
SmartNewsが乗らなかった方舟とは、何だったのか?
洪水の後にもSmartNewsが生き延びられたのは、何によってだったのか?
最初に乱暴に結論を書いておくと、方舟とは「ソーシャル」で、生き延びられたのは「パーソナライズ」によってだったというのが私の考えです。どちらも多義的な言葉なので、それがなんのことなのか書いていきます。
ソーシャルという方舟
SmartNewsがCrowsnest (*2) のピボットから生まれたエピソードは、社内イベント等で今でも浜本階生さん本人の口から語られることがあるので、社員であれば耳にしたことがある人は少なくないと思いますが、その重要性を理解している人は、社外の人は当然のことながら、社員であってもほとんどいないんじゃないかと思います。
それはまず、公にはこのように説明されています。
「自分が使って便利なものを」という視点で開発に取り組みましたが、Crowsnestは思うように支持を広げることができませんでした。のちのスマートニュース共同創業者である鈴木健との議論の結果、「自分だけでなく、誰にとっても便利なものを」提供すべく、新しい切り口でのニュースサービス、SmartNewsの開発へと舵を切りました。(*3)
Crowsnestは、「自分がTwitterでフォローしている人たちがシェアしてくれる情報をベースにさまざまな指標を組み合わせてパーソナライズされたニュースの一覧を提供しようとするもの」だったわけですが、それは「誰にとっても便利なものではなかった」と言っているわけです。
ソーシャルグラフやソーシャルメディアやソーシャルニュースの可能性がまだポジティブに信じられていた頃、誰も彼もがソーシャルソーシャルと浮かれていた時代に、「(ソーシャルは)誰にとっても便利なものではなかった」と転向し、ユーザーすべてに同じ情報を提供するというCrownestと真逆のアプローチをとることでSmartNewsはユーザーの支持を得ることに成功しました。これは、ある種の人には衝撃だったろうし、ある種の人にはその意味がよく伝わらなかったろうと思います。その両方の人に共通するのは、あのときにソーシャルを拒否する理由がわからなかった、つまり方舟に乗らない理由がうまく想像できなかった、ということだと思います。洪水が来るんだから、ふつうは乗るでしょ方舟。ね。
このとき自分はまだSmartNewsに加わってなかったんですが、そのときインターネットメディアに対して思ったことはブログにも小説にも繰り返し書いてきたのでよく覚えています。それどころか、つい先日も会社の採用サイト向けのインタビューで同じことを語ってきたばかり。それはこういう気持ちです。
昔は、情報配信の方法としてソーシャルグラフを頼るようなトレンドがあったと思うのですが、私はそれに疑問を持っていたんです。思い返してみてほしいのですが、2010年代の前半には「情報収集はもうSNSだけで十分!」みたいなことがよく言われていましたよね。ニュースサイトよりもSNS、報道よりも友人のクチコミ。そういうトレンドです。それに対して私は「そんなわけないだろう」とずっと思っていたのですが、2016年の米大統領選挙以降、フェイクニュースやフィルターバブルの問題がよく知られるようになってからは、ソーシャルグラフだのみの情報配信には限界があるということがよく知られるようになってきました。今はSmartNewsがしている挑戦の意味が理解を得られやすい時代になってきたなと感じています。(*4)
あのときソーシャルという方舟に乗らなかった理由には、Twitterのアカウントがなきゃ楽しめないサービスよりアプリストアからダウンロードしてすぐ使えるほうがマーケティング的に有利だとか、ソーシャルグラフから生じるパーソナライズを高いクオリティで提供するにはまだ技術が足りなかったとか、現実的な理由も当然あったはずですが、結果的に、その決断が、会社とそのプロダクトを「自分だけでなく、誰にとっても便利なものを」そして「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」という究極の目標へ導いていくことになります。あのピボットの衝撃や意味というのは、本当に大きい。それがもっと理解されてほしいと思う。
と、熱が入ったところでふと、「これ社内ブログで書けよ」と思わないでもないですが、まあ最後まで書きましょう。
パーソナライズで洪水を生き延びた
今年で9年となるSmartNewsの歴史を振り返ったときに、2回目の成長軌道に入ったタイミングは明確です。2018年。クーポンを主とするマーケ駆動グロースとして理解されているかもしれません。しかし、それを成立させる土台になっていたのは、前年にリリースした「For You」つまりパーソナライズです。Crowsnestがピボットによって一度は手放した可能性を、あたらしいスタイルで再びSmartNewsのなかに呼び戻したわけです。
For Youが実現したエンゲージメントの強化が、マーケ駆動グロースの様々な施策を定量的に肯定する土台になりました。「ユーザーはいろんな理由でSmartNewsにやってくる。そしてともかく、SmartNewsでコンテンツを楽しむようになる」ということを起こしたわけです。
以降、クーポンの機能をフォローするサービスはたくさん登場しましたが、SmartNewsほど成長したものはありません。SmartNewsと同じように、ユーザーの獲得から定着に至るマーケティング・コンテンツ・プロダクト・エンジニアリングの一貫性までフォローする企業が出てこなかったからです。このあたりのHowについては、読んでいる人のなかにあんまり勘がいい人がいるといけないのであとは黙ります。
さてこのパーソナライズ、プロダクトとしては「For You」と呼んでいるものですが、リリースに際して言葉選びに慎重になりました 。2017年という年は、アメリカ大統領選挙の結果に大きな影響を及ぼしたFacebookとケンブリッジ・アナリティカの衝撃がピークに達していたときだったからです。「パーソナライズ」という語は、フェイクニュースの温床、フィルターバブルの生成器として見方によっては今以上に世の中から厳しい目を向けられていました。
そこで私たちはこのような説明を試みました。
It’s not news personalization. It’s personalized discovery, powered by machine learning. And it’s what makes SmartNews smarter than other news apps. (*5)
ニュースのパーソナライズではありません。これは、機械学習を利用したPersonalized Discoveryです。そして、それがSmartNewsを他のニュースアプリよりも賢くしている理由です。
しかしこのコンセプトは、贔屓目に見ても、うまく理解されて浸透しているとは言えないようです。いつも生ビールを注文するお客さんに今日も生ビールを出すのもパーソナライズなら、あえていつもと違ったドリンクを提案してみるのもパーソナライズなんですが、「パーソナライズ」という語はどうやら強力に前者ばかりを意識させてしまう、ということなのかもしれません。
それでも、自分たちのコンセプトを表明するためにずっと「Personalized Discovery」という言葉を使っているわけですが、考えてみればこれはアウトカムに注目した命名です。では、インカムに注目して説明してみるとどうなるか? Crowsnest時代のパーソナライズがソーシャルグラフによっていたのに対して、For You時代のパーソナライズは機械学習によるものです。アウトカムの差は誤解を受けやすいかもしれないが、インカムならぜんぜん違う。場合によって、そっちの力点を置いた説明を選んでもいいかもしれない。
さて、洪水を生き延びた話でした。
方舟に乗り込んだサービスたちがソーシャルグラフによったパーソナライズの欠点によって隘路に陥りかけたその時、一角獣たるSmartNewsは遠回りに思えた機械学習によるPersonalized Discoveryでさらなる成長のきっかけをつかんだ。単なる「ちょっと便利なニュースアプリ」で終わるのか、「ニュースを超えた情報サービス」になるのか、その分岐点をうまく生き延びた。そしてそのときから再びはじまった成長や変化は、今もまだ続いているし、今はもっと進んでいる。この洪水を、同じような分野で同じように生き延びたのは、私の知る限りクローバーの葉っぱの数と同じかそれ以下くらいじゃないでしょうか。私たちは努力したけど、それ以上に幸運でした。
わかったような、わからないような、そんな話だったらすみません。あまり具体的には書けないんで、メタファーやファンタジーの力を借りすぎてしまったかもしれません。とにかく、ユニコーンや一角獣の話はこれでおしまい。
*1 スマートニュース、過去最大級のエクイティ調達となる251億円の資金調達を実施し、時価総額は2,100億円以上へ
*2 CrowsnestはTwitterに流れるリンクから関心度の高い情報を表示してくれるニュースリーダー
*3 Crowsnest サービス終了のお知らせ
*4 世界最高のサービスを目指して、常に「ベストプラクティス」を
*5 “For You” – a smarter way to discover news