今号は、無料公開版です。
午前5時半起床。涼をとるために窓を開け放って眠る関係で、目覚めるのが早い。
昨日のうちに遠野に移動し、その日はなんの予定も入れず、スタックしていた仕事を夜までかけてすべて片付けることに成功する。その後、すべての心配事を排して、ひさしぶりに小説の続きに取り掛かる。手始めに行うのは、これまで書いた四話の再読。自分でいうのもなんだが、というか、自分しか言う人がいないのでむしろどんどん言ったほうがいいのかもしれないが、おもしろい。自分がやらなければ、この世に存在し得ない唯一無二の作品になっている。完成させるまで死ねない。
散歩の時間をスキップして小説にとりかかっていたら、打ち合わせの時間が近づいたので「U」に移動。NHKの石井さんの取材を受けて、無摘果リンゴとハードサイダーの話をする。
車で笛吹峠を通って世界遺産の「橋野鉄鉱山」に行く。製鉄所跡の写真が有名だが、それよりも私は森の景色が気に入った。程よく影をつくる程度に間引かれた樹木と、それによって生まれる風と日照のおかげでサクサクと乾いた下草。こういう森がいいんだよ。
もうひとつ心に残ったのは、東北の地質を調べた地図。19世紀に、ドイツからきた弱冠二十歳の若者が作ったものだそうだ(正確にはナウマンの「予察東北部地質図」といいます)。いま書いているファンタジーに採用したいかっこよさ。いつかレプリカを手に入れたい。
大槌に向かう途中、「橋野食堂」に立ち寄るが臨時休業。大槌出身のイチローさん曰く「釜石ラーメンで一番うまい」とのこと。そう言われてしまったので、いつかまた挑戦してみるつもり。
大槌について、ひょっこりひょうたん島のモデルになった蓬莱島を訪ねる。井上ひさしはこの土地の記憶から、『花石物語』『新釈遠野物語』そして名作『吉里吉里人』を生んだ。
今回の旅の目的は、いま書いている小説の主人公の足取りの事実確認をすること。主人公の安良衛(あらえい)は、津波のあと大槌湾に流れ着き、馬で荷運びをする仕事に就いたあと、笛吹峠を歩いておよそ40キロ先の遠野盆地を往復する。その安良衛が見た景色を見たかった。
わかっていたことを確認・追認することが多かったが、大槌湾まで来てみて初めてわかったことがあった。入り組んだ大槌湾は、四方を山に囲まれた海の盆地なのである。「海の盆地から湖の盆地への移動」に意味の流れを見出せたことがよかった。
橋野食堂にふられて腹が減っていたので、適当に目に入ったラーメン屋に入る。釜石ラーメン 580円。安すぎるのと、細麺で有名な釜石ラーメンであることで、いまの空腹が納得してくるか不安になり「釜石ラーメン定食 800円」なるセットにする。すると「サービスのホタテおにぎりです。お漬物はセルフサービスになっております」という新情報が。
腹が減っていたので、このサービス品にいきなり手をつける。うまい。このホタテおにぎりは、本当に無料でいいのか?
数分して着丼。ラーメン定食とは、なんとチャーハンと餃子のセットのことだった。私の感覚では、それは「半チャンラーメン」とか「餃子セット」とかいう名前をつける気がするのだが。
しかも釜石ラーメンというのは、麺が細いだけであって麺の量が少ないわけでは決してないということを知った。おにぎりとチャーハンと餃子と一人前のラーメンは完全に食べ過ぎ。部活帰りに寄りたい。部活やってないけど。
遠野に戻ってきて、天乃湯につかる。源泉の水風呂は今日も好調。
午後3時半。遠野醸造で宮本夫妻と待ち合わせて、市内でサウナ事業を起こそうとしているという後輩の相談に乗る。いま私の頭の中は程洞稲荷神社でいっぱいなので、かつて山中に清水を利用した女性のための湯治場があったこと、いまでもその清水と小屋は残っていることを伝えて、それをサウナにしたらいいのではないかと熱弁する。熱弁が奏功して、十月にテントサウナを持ち込んで実際に試してみることに。なんでも言ってみるものだ。
場所を六神石神社に移して、本日のメインイベント「遠野メグリトロゲ」に。目的は……もちろんフィールドレコーディング。写真のインパクトもあるけれど、私は音に感動した。自然音と、笛と太鼓と、シンセのビート。それが混じり合った異空間だった。詳しい内容は後ほどメディアヌップで。
会場では、ドミニクさんや須藤さんに久しぶりにお会いし、あらたに啓さん(射的)や未玲さん(モリカトロンAIラボ)や今井さん(QMCH)にお会いでき、本当にうれしかった。メグリトロゲの力も借りられたのか、話が盛り上がって仕方がなかった。
午後9時半終焉。後、今井さんと田瀬さんに駅前まで送っていただき、編集者の松井さんと食道園で打ち合わせ。動物性のものを食べない松井さんを焼肉屋に連れて行くという気が効かなすぎるチョイスにより、我々はキムチとナムルを頼み、野菜を焼いた。話の内容は、程洞稲荷神社のパンフレットの制作について。松井さんが出してくれた精度の高いレイアウトに応えて、私の原稿もレイアウトにばっちりはまる。宇宙ステーションのドッキングのようだ。これで完成までの道筋が見えてきた。
松井さんが生ビールを4杯飲むうちに、私は1杯も飲み切ることができず、体力の限界を感じて解散。帰って寝た。
橋野食堂にふられてからのくだりが、勢いがあって最高です