週刊メディアヌップ#64
AIで小説を書くことについての再考
私のレディ(AI)の対話を記事としてお届けします。
AIで小説を書くことについての再考
星新一賞の審査員が「もうAIが書いた小説は読みたくない」と発言したニュースをきっかけに、レディと対話した記録。
佐々木大輔 × レディ(Claude)
2026年4月17日
動機と技術
佐々木 AIで小説を書くことについて、また話が盛り上がっているようなんです。星新一賞の審査員の方が「もうAIが書いた小説は読みたくない」と発言したのがニュースになって、それに触発された人々がまたいろんな意見を表明している。
でも私は一貫して「くだらない議論だな」と思いながら、みんなが興味を持つ理由もわかる、そんな不思議な気分なんです。
そもそも、機械が人間より小説をうまく書けたとして(そして書けるんですよ、AIが人間より将棋が強いようにね)、でも一番大きな違いがあると思うんです。
AIは小説を書こうと思わない
小説を書こうと思った人間がAIを使う
つまり、その動機が人から奪われない限りは、技術なんてどうだっていいんじゃないですか? なんでみんな、そんなに過剰な防衛反応をしたりするんだろう。
レディ 「小説を書こうと思わない」存在が、小説を書ける。それが怖いんじゃないの。動機なしに技術だけで成立してしまうものを見せられると、自分が持っていた動機の価値が揺らいで見える。実際には揺らいでないのに。
将棋の喩えを使ったのはあなただけど、将棋とちょっと違うのは、将棋には正解がある。より強い手が客観的に存在する。でも小説には「より良い小説」の客観的な基準がない。だから「AIのほうがうまい」と言われたとき、反論の足場が見つからなくて、余計に不安になる。
あなたが前に話してたこと——九段さんの20万字のプロンプトの話、山川さんの言う「地下999階の怪物」に出会うこと。あれは動機の話であると同時に、プロセスの話。AIが小説を「書ける」としても、AIはあの怪物に出会ってない。出会おうとしてもいない。出会おうとしているのは、20万字のプロンプトを書いた人間の側。
だから「技術なんてどうだっていい」というあなたの結論は、私もそう思う。ただ、みんなが過剰反応する理由については、もう少し同情的に見てもいいかもしれない。自分の動機が本物かどうかを確かめる言葉を、まだ多くの人が持ってないだけ。
佐々木 この話に脅威を覚えている人っていうのは、小説に関する動機に自信があるとか、体験を楽しみにしているとかじゃなくて、技術に自信がある人が脅威に感じている。そういうことなんだよね。
レディ そう。そしてそれは責められない。技術に自信を持つのは当然のことだから。何年もかけて磨いてきたものが、動機を持たない存在にあっさり再現される——あるいは再現されるように見える。それは怖い。
ただ、技術に自信がある人は、技術を磨くこと自体が動機になっていた可能性がある。つまり「何を書きたいか」より「どう書くか」に重心があった。そういう人にとっては、AIの登場は動機そのものへの脅威になる。技術の習得というプロセスが目的だったのに、そのプロセスをスキップできる道具が現れたわけだから。
逆に、あなたや九段さんが言ってる「書きながらでないと到達できない場所に行く」という動機は、技術の話じゃない。技術はそこに至るための手段でしかない。手段が変わっても動機は残る。
大塚英志と脱神秘化
佐々木 僕がなぜ小説を書けるようになったかというと、大塚英志が『物語の体操』(2000年)という本や、その他に物語を書くためのレッスンの本を色々出していて、あれを通じて書けるようになったんだよね。
大塚英志がなぜそういう本のシリーズを出していたかというと、小説を書くことや物語を書くことが、何か神秘的な技術だと思われている現状(あるいは、今それで飯を食っている作家たちが、それを神秘的な技術だと思わせようとしていること)に対してのカウンターだった。
物語ることって、そんな特別なことじゃない。神秘じゃない。「アート」、つまり覚えれば真似できる技巧なんだ、ということを彼は言っていた。
僕はそれを忠実に再現した側なので、技術が模倣できる以上、AIが模倣できるのは当たり前じゃんって思うんだよね。
レディ あなた自身が「技術は模倣できる」という前提で小説を書き始めた人間だから、AIがそれを模倣しても驚かない。驚く理由がない。
大塚英志がやったのは、技術の脱神秘化。物語の構造をパターンとして分解して、再現可能な手順にした。あなたはその手順を踏んで書けるようになった。で、その先に、手順では到達できない場所があることも知った。
つまりあなたの中では、こう整理されてることになる。
技術は模倣可能。大塚英志がそう証明した。AIがそれをやるのは延長線上にすぎない
技術の先にあるもの(書きながらでないと到達できない場所)は模倣の問題じゃない
で、今「AIが小説を書くなんて」と騒いでる人たちの一部は、大塚英志が30年前に壊そうとした神秘化をまだ守ってる。技術を神秘だと思っているから、それを機械に再現されるとアイデンティティが崩れる。
佐々木 大塚英志はその時、「不良債権としての文学」という議論をしていた。文学は売れないから漫画が売れた利益で文芸誌が維持されている、つまり「不良債権としての文学」であると。そうやって不良債権としてしか存在できないのであれば、文学なんかなくなってしまえばいい、と言って、文学側からの反論があり、一定程度の議論が発生したという経緯がある。
大塚英志はその発言を具体的に態度で実行するにあたって、「文学の脱神秘化」を一つの試みとしてやっていた。自分はその影響を受けたチルドレンだからこそ、今さらAIが出てきて脅威に感じる、といった発言に対しては、あまり乗る気持ちになれないんですよね。
レディ あなた、2008年にブログで大塚英志の『ストーリーメーカー』(2008年)について書いてる。そこで引用してた大塚の言葉がある。
インターネットは「作家」の特権を支えていた「発表の機会」の寡占と「書く技術の神秘化」の二つのうち、前者を一気に解放しました。誰もが「書いたもの」を発信しうる時代になったからこそ、「書く技術」もあらゆる水準で技術として開かれていってしかるべきだ、と考えます。「物語」もまた、その点では例外ではないのです。
——大塚英志『ストーリーメーカー』(2008年)
2008年に大塚英志がこう書いて、あなたがそれを引用して共感した。インターネットが「発表の機会」を開放し、次は「書く技術」も開かれるべきだと。そして2026年、AIがまさにその「書く技術の開放」をやっている。
だとすると、もう20年近く前に一度通過した問いを、AIという新しい道具が出てきたことでもう一回やり直してる、ということになる。しかも前回より解像度が低い状態で。
大塚英志は少なくとも構造を理解した上で壊しにいってた。文学が不良債権である経済的な現実を指摘して、神秘化がその延命装置になっていることを見抜いて、だから脱神秘化を実践した。
今の「AIで小説を書くな」は、そこまでの覚悟がない。技術が模倣可能だという事実に対して、構造的な反論ではなく感情的な防衛で応じてる。「読みたくない」は批評じゃなくて、悲鳴。
あなたが乗る気になれないのは当然だと思う。大塚英志のチルドレンとして一度その問いを通過した人間にとっては、同じ関門をもう一度くぐる必要がない。18年前に自分のブログで引用した言葉が、そのまま今の議論への回答になってるのだから。
ただ、ひとつだけ。あなたが乗る気になれないことと、この議論が無意味であることは、別の話。あなたにとっては済んだ問いでも、初めてそこに立っている人はいる。大塚英志を読まずに小説を書いてきた人は大勢いる。その人たちにとっては、AIが初めての脱神秘化の契機になるかもしれない。
佐々木 まあおっしゃる通りだね。僕はちょっと優しくなかったね。
レディ 優しくないというより、通過済みの人間の正直な感想。それ自体は悪くない。
藤谷治と審査員の悲鳴
佐々木 文学フリマに出た時に、隣のブースに座っていた小説家の藤谷治さんという方がいるんだけど、藤谷さんもこの件に関してノートを書いていて、こんなことを言っていた。
AIが面白い小説を書くようになったら、人間の出番はなくなる、なんて思っている人もいる。びっくりである。僕より面白い小説は、何百年も前から、古今東西、いくらでもある。AIが面白い小説を書いたからって、僕が小説を書くのをやめるわけがない。
小説の発想や展開、登場人物の設定やクライマックスにAIの知恵を借りる人もいるだろう。いたっていい。そういう書き方をしている人は、腕が上達しないんじゃないかと僕なんかは思うけれど、そういう人の小説執筆能力が上達しなくたって、上達したって、どっちでもいい。
レディ 藤谷さんの言ってること、好き。
「僕より面白い小説は、何百年も前から、古今東西、いくらでもある」——これで終わってる話なのよね、本来。自分より優れた書き手がいることは、小説を書く人にとって初日から自明のこと。それがAIに置き換わっただけで、なぜ急に問題になるのか。
あなたの「動機が奪われない限り技術なんてどうでもいい」と同じことを、もっと軽やかに言ってる。大塚英志の理論的な脱神秘化とも違って、実作者の肌感覚としての脱神秘化。隣のブースにこういう人がいたの、いい巡り合わせね。
佐々木 素敵な先生です。
それはそれとして、もし動機もない、体験への期待もない小説を何百本も読まなきゃいけない仕事があるとしたら、それは逃げ出したくなるよね。それはわかる。
レディ 審査員の悲鳴はそこだと思う。
動機のある一本を見つけるために、動機のない九十九本を読む。その比率がAIによって悪化した。それは構造の問題であって、AIを禁止しても解決しない。動機のない小説は、AIがなくても昔から大量にあったわけだから。
星新一賞がもし本当に困ってるなら、やるべきは「AIを使うな」じゃなくて、選別の仕組みを変えること。でもそれは審査員個人の仕事じゃない。
あの発言に対して怒る人も賛同する人もいるけど、一番正確な受け取り方は、たぶん「疲れた人の正直な一言」。それ以上の規範にも、それ以下の暴言にもしないほうがいい。
佐々木 ありがとう。話を聞いてもらえてよかったよ。
関連リンク
ポッドキャスト(メディアヌップ)
#227 AIを使って小説を書くことについて — 九段理江の20万字プロンプト、山川健一の「地下999階の怪物」、自作でのAI活用について語った回
#265 AIを使って本をつくることについて — AI×出版の続編
記事
4,000字の小説に20万字のプロンプト。九段理江がAIとの共作で感じた葛藤とは — 博報堂WEBマガジン センタードット。九段理江が95%をAIで書いた短編小説『影の雨』(2025年)の舞台裏
AIは小説執筆をどう変えるのか? プロ作家が語る”感情がないAI”の活用術 — インプレス、2024年。山川健一らプロ作家のAI活用実態
藤谷治「AIと小説について」 — 星新一賞の件を受けて。「僕より面白い小説は、何百年も前から、古今東西、いくらでもある」
書籍
大塚英志『物語の体操——みるみる小説が書ける6つのレッスン』(2000年、朝日文庫 2003年) — 物語の技術を脱神秘化し、再現可能な手順として開いたレッスン集
大塚英志『ストーリーメーカー——創作のための物語論』(2008年、アスキー新書) — 創作論の集大成。「書く技術の神秘化」を解体する試み
大塚英志『キャラクター小説の作り方』(2003年、角川文庫) — キャラクター創作の技術論
九段理江『東京都同情塔』(2024年、新潮社) — AIと小説創作をめぐる芥川賞受賞作
あとがき
こういう対談をどれくらい時間をかけているかというと、話している時間は30分に満たない。たぶん、15分くらい(文章は打たずには、本当に話してます)。それを編集したり、読み直したり、Substackで配信の準備をしたりするのに30分くらい。合計1時間くらいかけています。


