プレイヤー「まっすぐ家に帰ってもいい?」
GM「もちろん」
プレイヤー「西新宿のホテルのバーに寄ってピーナッツを食べながら冷たいビールを飲んでもいい?」
GM「きみはまっすぐ家に帰ってもいいし、西新宿のホテルのバーに寄ってピーナッツを食べながら冷たいビールを飲んでもいいし、三杯目からは味に意味のなくなるアルコールに毒づきながら『オムレツかサンドイッチはあるかと』ウェイターにたずねてもいい」
プレイヤー「そうしよう。つけあわせは?」
GM「フレンチフライに、ピクルスが少し」
プレイヤー「フレンチフライをなくして、代わりにピクルスを倍にしてもらうことはできる?」
GM「交渉技能はいくらだったっけ」
プレイヤー「50」
GM「微妙なところだね」
プレイヤー「口下手でもないし、話し上手でもないんだ」
GM「2d10」
プレイヤー「(カラカラッ)51」
GM「ぎりぎり成功。ウェイターには少しめんどくさがらたけれど、きみはなんとかピクルスを倍にしてもらうことができた」
プレイヤー「けれどキュウリのサンドイッチは、パンが干からびていて壁土みたいな味がした」
GM「それはきみの感じ方次第だ」
プレイヤー「何事もね」
GM「そう何事も」
プレイヤー「じゃあそろそろ家に帰ろうかな」
GM「そのとき、きみはホテルのバーに沈黙が塵のように舞っているのに気づいた。不吉な電話のベルが鳴る前触れだ。そして電話は鳴った。しばらくして、天井のスピーカーがきみの名前を呼ぶ声が聞こえた」
プレイヤー「目星技能を使ってもいいかい?」
GM「どうぞ。きみにはとても簡単なことのようだ。80以下なら成功」
プレイヤー「(カラカラッ)99」
GM「致命的失敗、と。どうやらきみはよほど酔っぱらっているらしい。誰からの電話かまったく思い浮かばない」
プレイヤー「なら電話に出なくてもいい?」
GM「イエス、と言いたいところだけれど、ウェイターはもうきみのそばまでやってきて子機を手渡した。電話口の相手が、どうやら口頭できみの特徴を伝えたようだ」
プレイヤー「もしもし。どうしてここがわかったんだ?」
電話の男「私たちは大抵のことを調べられる」
プレイヤー「歯磨き粉の銘柄も?」
電話の男「前に歯ブラシを買い替えたのがいつかも」
プレイヤー「そいつはすごい」
電話の男「ところで、予定が少々変更された。先生の具合が急に悪くなったんだ。もう余り時間がない。だからきみのタイミ・リミットも繰り上げられる」
プレイヤー「どれくらい?」
電話の男「一ヶ月。それ以上は待てない。一ヶ月経っても羊がみつからなければ、きみはおしまいだ。きみが戻るべき場所はもうどこにもない」
プレイヤー「ときどき思うんだけれど、僕にはもともと戻る場所なんてない。だから、こんな風に脅されたってちっとも困らないんだ。その点についてはどう思う?」
電話の男「私たちは、きみが本当に困ることだってみつけてあげられるんだよ」
プレイヤー「じゃあ僕はそれに感謝しなければいけなくなるかもしれない。みんな、自分でそれをみつけられなくて苦労しているんだから。……ところでゲームマスター。こんな無駄な会話をしてそろそろ2時間が経つけれど、いったいいつになったら冒険がはじまるのかな?」
GM「それは冒険の定義によるね」
プレイヤー「続けて」
GM「ワクワクしたかい」
プレイヤー「ゲームのなかとはいえ、好きに飲み歩くのは楽しかった」
GM「ドキドキしたかい」
プレイヤー「サイコロの目は操れないからね」
GM「それを冒険と呼んじゃいけない理由はなさそうに思えるけれど」
プレイヤー「オーケー。これは冒険だ」
GM「続けよう。家に帰るとお待ちかね。鼠からの手紙が届いている」
(続かない)
あとがき
『考える人』2010年の夏号のインタビューで、村上春樹はこう答えています。
読者も一人称の目線で、つまり「僕」と同化するかたちで、目の前に現れるものごとを目撃し、体験する。そうやって物語が進行していきます。ロールプレイング・ゲームと同じです。
それなら逆に、小説をRPGのかたちに変化させる、ことによっては「RPGに戻してやる」こともできるのではないかと思って、『羊をめぐる冒険』をTRPGリプレイっぽくするという戯れをやってみました。書くのは無理だけど、こんなTRPGがあれば本当にやってみたいものですね。
メディアヌップでは、ポッドキャストでTRPGについて熱く語っています。もしご興味ありましたらば、こちらもあわせてお楽しみください。