NFTというモノの価値を確認するときに、よく「utility」という言葉が使われます。「効用」とか「特典」というニュアンスを持ちますが、もっとひらたく言えば「いいこと」です。単なる画像だけのNFTがもてはやされることは少なくなり、今では「それにどんないいことがあるの?」という問いに答えられるutilityをもつNFTが人気になっています。
なぜそうした言葉が使われるようになったかについて想像をめぐらせてみたときに、実体(entity)と効用(utility)の概念が思い浮かびました。NFTではない実際のモノの場合には、entityとutilityが強く結びついていて特に説明を必要としません。一方、NFTというあたらしいモノの場合には、entityが不確かなことでutilityも自明ではなくなっており、説明を要します。たとえるなら、実際のパンなら食べておなかを満たせることが誰にとっても明らかですが、もしNFTのパンがあったとすると、それが単なる画像なのか、それともパン屋さんを訪れると焼きたてのパンをひとつ無償で食べられるサービスの権利なのか、確認してみないとわからない、というようなことです。
NFTというモノを通してentityとutilityを分解して考えることに慣れてくると、実際のモノについてもその眼差しを向けたくなってきます。そこで本の場合ですが、単純化して整理をするとおおよそ次のような対応関係が見えてきます。
本の「内容」というentityは、「意味が伝わる」「読める」「見られる」というutilityを持つ
本の「物質」というentityは、「積める」「飾れる」「鑑賞できる」「貸せる」「借りられる」「売れる」「所有できる」というutilityを持つ
こうして整理してみると、2のutilityは、物質としての本のentityから生じていることがわかります。すると、本がデジタルになるとき(具体的には電子書籍ストアで購入して専用アプリで読むという体験をするとき)、私たちが感じるutilityは、本の内容というentityが生み出す「意味が伝わる」「読める」「見られる」だけに減ってしまいます。もちろん、物質としての本でないことで「質量ゼロで大量の本を持ち歩ける」という強力なutilityが生じるわけですが、現状では「所有できる」といったutilityが失われていることは明らかで、それが本の“アウラ”を失わせることに一役買っているのではないかと思います。
私が2016年から2017年にかけて書いた小説『僕らのネクロマンシー』(2018, NUMABOOKS)は、内容(コンテンツ)と物質(メディア)がどんどん分解されていく世界のなかで、そこから脱落する側につくのか、加速させる側につくのか、それともアウラの復活を夢見るのかを考えながら書いた作品です。
ちなみに、執筆当時、ヴィタリック氏による「Ethereum」のアイデアに触れたことで、作中には「発行数に上限を設けられるデジタルデータの証明書」という小道具が登場します。これは、いまの言葉でいうNFTのことですが、それをめぐって作中の登場人物が争ったり悩んだりします。いま読み返すと、NFTの価値に疑いの目が向けられている現在の議論を先取りしたような内容になっています。
このような作品を世に送り出すときに、NUMABOOKSの内沼さんが出してくれたアイデアが、物質としての本の強度を極限まで高めたブックデザインでした。なにしろ表紙はアクリルです。そのうえ、デジタル版を出さずにプリント版しか出さなかったことで、entityとutilityが分解不可能なレベルで一体化したプロダクトができあがりました。それが評価され、2019年には造本装幀コンクールでグランプリ、2020年には世界で最も美しい本コンクールで銅賞をいただくことができました。内容と物質が一体化した作品であることを自負していましたので、造本や装幀が評価されることは、内容を評価されるのと同じ様にうれしく感じたのをよく覚えています。
その後、2021年からNFTが世界的に流行しはじめたことで、あらためて『僕らのネクロマンシー』を考えるきっかけになりました。それはつまり、NFTでなら「積める」「飾れる」「鑑賞できる」「借りられる」「売れる」「所有できる」というutilityを持ったあたらしいデジタル版が作れるのではないか、というアイデアのことです。そしてそれは実際に可能でした。
内容と物質を分離させないという小説のコンセプトゆえに4年前には出さなかった(出せなかった)デジタル版ですが、NFTによって実体(entity)と効用(utility)が強く結びついた形であれば、この作品がアウラをまとうことを期待して再び世に問い直す意味もあるのではないかと考え、あらためて制作を行いました。この試みがうまくいきますかどうか、どうかお見届けいただければ幸いです。
しかし、こうした長い講釈と一切関係ないところで、あたらしい版があたらしい読者を得て、作品そのものを楽しんでいただける機会が増えるとしたら、著者としてそれに代わる喜びはありません。
2022年6月14日 佐々木大輔
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