DIGIDAYに掲載された『新しい「メルマガ」起業家を生む、 Substack の魅力とは? : メディア業界の救世主なのか』が、2020年代のメディアプラットフォームをめぐる状況をあらわしていておもしろかったので、いくつか思うところを書きつけておこうと思う。
Substackというのは、私が今まさにこの文章を書きつけているサービスのことで、内心かなりエキサイティングしているのだが、その理由を人に説明するのはなかなか億劫で憂鬱なことなんである。メルマガのようなブログのようなことサービスの魅力を力説するとき、私はどうしたって時代遅れのWeb 2.0的ロートルくそ野郎に見えてしまうだろうからだ。まあ、実際にそうなのかもしれないけど。
さて。Substackの共同設立者のハミッシュ・マッケンジー氏は、次のように語っている。
情報流通やメディアの点では、インターネットが登場して最初の20~30年間、イノベーションは広告に支えられたモデルを中心に起こってきた。次の20~30年のイノベーションの中心は、サブスクリプションモデルだ
いかにも耳に心地の良いストーリーに聞こえるが、事実、どうやらSubstackは「救世主」として期待されているらしい。
新型コロナウイルスの影響により、メディアのエコシステムが縮小するなか、Substackは「(メディア界隈における)救世主」という厄介な役割を押しつけられてきた。
この後に続く内容はSubstackを利用するライターの視点で、そこに新鮮味はない。実力と人気のあるライターにとってユーザーと直接エンゲージできかつ手数料の安い媒体がいかに魅力的なものであるかとか、とはいえ誰もがそうなれるわけじゃないよね、とか。日本におけるこの10年の「有料メルマガ」や「サロン」に対しての言及と変わらない。
私が興味をもって読んだのは、ライターの視点ではなく、エコシステム全体を捉えようとする視点で、つまりSubstackは今後のコンテンツ生態系にインパクトを与えうるか? それはどんなことか? ということ。いくつか続けて引いてみる。
「我々はいま、オルタナティブな週刊誌や、小規模なパブリケーションが失われた世界で生きている。メインストリームのパブリケーションに参入するには、障壁が高い。加えてレートも最悪だ」と、ケネディ氏は話す。「Substackのようなプラットフォームが現れるのは必然だった」。
「ビジネスサイドでは、かつて人々の注目を求めて土地の争奪戦が繰り広げられていた」と、Substackの共同設立者であるクリス・ベスト氏は語る。「最終的にこの戦いに勝ったのは、残念ながらブロガーではなくFacebookだった」。
プラットフォームが支配する時代において、小規模パブリッシングが抱える問題を解決しようとしてきたのは、Substackだけではない。たとえば、Medium(ミディアム)もそうだ。Mediumはさまざまな小規模パブリケーションのホームとして機能してきたが、路線変更を頻繁に行い、多くが期待した一大メディア勢力としての台頭に失敗している。ベスト氏によれば、Substackの主なフォーカスは、個人とその人のオーディエンスとのつながりにあるという。コンテンツや配信リストなど、すべてをライターが完全にコントロールできるというのが、Substackの売り文句だ
このストーリーを乱暴に要約すると、悪の帝国たる巨大プラットフォームに対して善なる小規模パブリッシングが立ち上がる、ということだろう。ゼロ年代初頭、ブログというパーソナル・パブリッシング・システムが仮想敵にしたのは新聞や雑誌といったエスタブリッシュされたメディアだった。そのとき、検索やSNSは、個人や小規模パブリッシングのコンテンツを後押ししてくれる心強い仲間だった。しかし今は違う。私たち個人や小規模パブリッシングの仮想敵は、いまやエスタブリッシュされた存在としてのGoogleやFacebookであり、それに抗うsomething newが期待されている。
Substackをさわって感じる「懐かしさ」が、同時に「新しさ」つながっているのは、このパラダイムが10年前とすっかり変わっているからだ。どこにでもありそうな機能の集合なのに、存在としてはユニークなのも、同じ理由からだ。
しかしこうしたSabstackの魅力を伝えるのが億劫なのは、このパラダイムシフトを共有できていない人にそれをいちから説明するのが面倒だからだ。さらにそれが憂鬱なのは、そのパラダイムシフトの話を理解してもらえたとして、“新たなる希望”の必要性に同意が得られるとは限らないというところにある。So waht?
今日、「情報技術による個人のエンパワーメント」というかつての理想は、巨大プラットフォームによるコンテンツ解析とレコメンデーションが計算づくで生み出すコモディティになってしまったと思うと、不思議な気分になる。そしてその不思議な気分を共有したり、伝達したりするのは、これまた難しいんだよなあ。そういう話。
追記 2021/12/11
これを書いてから1年以上経った現在、そのsomething newはWeb3と呼ばれていくらか名前が通るようになった。Substackは技術要素としてはWeb3とは呼べないと思うが、文化的共感から名誉Web3のような存在としてさらに親しまれるようになっている。