サッカー素人がこれからのW杯を楽しむために
本当に勉強になった
ふと今年のサッカーW杯が気になって、AIに訪ねてみました。本当に勉強になったので、そのプロセスを共有します。
──野球というスポーツを構造化していくと、27個のアウトを取るための断片に分解できると思うのですが、サッカーをそういう断片に分解する理論というのはあるのでしょうか。たとえば、「前半のプレーID 250」というように番号を振って捉えるような考え方です。
クロコ: 最も近い分解単位は「ポゼッション・シーケンス」1です。一方のチームがボールを獲得してから失うまでを1単位とし、1試合で両チーム合わせて200〜300回程度発生します。Opta、StatsBomb、Wyscoutといった分析会社はこの単位で試合を切り出し、さらにその下に「イベントデータ」2──パス・シュート・タックル・ドリブル等、1試合あたり1500〜2000件──を紐づけています。「前半のシーケンス番号47、結果はシュートで終わる」というような記述が実際に可能です。
理論的な分解では、ファン・ハールらが体系化した「4局面理論」3が広く使われています。攻撃・守備・攻撃→守備のトランジション・守備→攻撃のトランジション、という4つです。セットプレー(CK、FK、スローイン、ゴールキック)は試合中に約100回以上発生する自然な「リスタート点」で、ここだけは野球のプレー間と似た離散性を持ちます。さらに最近はxT4やVAEP5のように、各イベントに「得点期待値の変化」を割り当てて連続的な流れを離散的な価値に翻訳する手法も発達しています。
ただし根本的な非対称性として、野球は「投手が投げる」という明示的なリセットが構造に組み込まれているのに対し、サッカーは時間が連続的に流れ、ボール保持の境界自体が曖昧──ルーズボールやこぼれ球──です。そのため分解は常にやや恣意的で、「単位の定義そのものが分析手法の一部」という性格を持ちます。野球の27アウトのような自然な離散構造は、サッカーには原理的に存在しない、と整理するのが正確です。
──とはいえ、その理論を実際に駆使しているチームや監督はいるのでしょうね。
クロコ: 構造化を徹底するチームと監督は明確に存在します。最も体系的なのはペップ・グアルディオラの「ポジショナルプレー」6で、ピッチを縦5レーン×横4ゾーンに区切り、「各ゾーンに同時に何人入ってよいか」「同一レーンに縦並びは禁止」といったルールで攻撃局面を離散化しています。マルセロ・ビエルサはさらに極端で、対戦相手の試合をすべて分解してパターン化することで知られ、ペップ自身も彼から多くを学んだと公言しています。
守備側ではユルゲン・クロップのゲーゲンプレッシング7が「ボールを失った直後の5秒間」という時間単位を構造の中心に据え、ラルフ・ラングニック由来のRBライプツィヒ/レッドブル系もトランジションを最小単位として設計しています。
データ的な構造化で突出しているのはデンマークのFCミッドユランで、2014年以降オーナーがポーカープレイヤー出身のマット・ベンハム──同氏はブレントフォードのオーナーでもあります──に変わってから、xG8とセットプレー特化で小国リーグからCL本戦に到達しました。セットプレーは試合中で最も「離散的」な単位なので投資効率が良く、近年はアーセナルがニコラス・ジョバーを専任コーチとして招聘し、リバプールはスローイン専門コーチのトーマス・グロンネマークを雇うなど、「断片ごとに専門家を置く」発想が広がっています。
ただし、こうした構造化は野球のような明示的なリセット点ではなく、「連続する流れに人為的にグリッドを当てる」という性格のものなので、グアルディオラ的な徹底をするほど選手の認知負荷は上がります。だからこそ「どこまで離散化するか」自体が監督の哲学であり、競争領域になっているわけです。
──そうした手法は、現代サッカーにおいて主流なのでしょうか。それとも傍流なのでしょうか。
クロコ: 答えは「思想は主流化したが、徹底度には大きなグラデーションがある」という整理になります。
トップレベルでは、構造化アプローチは完全に主流です。ペップが2008年にバルセロナで結果を出し、その系譜──ルイス・エンリケ、アルテタ、デ・ゼルビ──と、対極にあるはずのクロップ/ラングニック系のトランジション構造化も並行して成功したことで、2010年代後半以降「無構造で感覚的にやる」監督はトップリーグでほぼ絶滅しました。プレミアリーグの上位、ブンデスリーガ、ラ・リーガの強豪はほぼすべてが何らかの構造論を持っており、選手側も「5レーン」9、「ハーフスペース」10、「3rd man run」11といった概念を共通言語として使います。指導者ライセンス(UEFA Pro等)のカリキュラム自体にポジショナルプレーや4局面理論が組み込まれているので、再生産構造ができています。
ただし徹底度で見ると分布があり、ペップやデ・ゼルビのように「全局面をルール化する」原理主義者は今も少数派です。多くの監督は構造を持ちつつ選手の判断余地を大きく残す折衷型──アンチェロッティ、シメオネのある側面──で、これが実際には最大派閥です。さらに、データによる構造化(FCミッドユラン的アプローチ)は思想としては広まったものの、本気でリソースを投じているクラブは依然として少数で、ここは準主流〜先進的傍流の位置づけです。セットプレー専任コーチは急速に普及中で、5年前は傍流、今は主流化の途上、という段階にあります。
逆に言うと、ブラジルや南米の一部、また日本でも下部カテゴリーには「個人技と即興性を重視し、過度な構造化を嫌う」伝統的な思想が根強く残っており、これは衰退傍流ではなく対抗思想として今も生きています。「構造化は勝つための主流、ただし唯一解ではない」というのが現在地の正確な記述です。
──そこまで主流化しているのなら気になります。なぜ、サッカー解説者はそのことを言わないのでしょう。テレビ中継を見ていて、私はそうした言葉を一度も聞いたことがありません。
クロコ: これは日本のサッカー中継の構造的な問題として、業界内でも以前から議論されています。
理由はいくつか重なっています。第一に、日本のテレビ解説者の多くは元日本代表選手で、現役引退後すぐに解説席に入るため、戦術理論を体系的に学ぶ時間も動機もないまま起用されるケースが多い、という事情があります。欧州、特にイギリスではゲーリー・ネビルのように引退後にコーチライセンスを取り直したり、戦術分析メディア(The Athletic等)で訓練を積んでから解説者になる経路が確立していますが、日本ではその中間層が薄いです。第二に、テレビ局側が「初心者にもわかりやすく」を最優先するため、「ハーフスペース」「5レーン」「ゲーゲンプレッシング」といった用語を使うこと自体が編成判断で抑制される傾向があります。視聴者の最大公約数を意識すると、「気持ちが入っていますね」「ここは集中したいところ」といった情緒的な語彙に流れやすい。
ただし、これは媒体による分断が大きく、日本でも文字メディアやYouTubeでは状況が全く違います。footballista、林舞輝、らいかーると、結城康平、五百蔵容といった書き手・解説者は5レーンもポジショナルプレーも当然の前提として議論していますし、DAZNの一部解説──特にJリーグのマニア向け配信──や、戸田和幸、林陵平のYouTubeチャンネルなどでは戦術用語が普通に飛び交います。林陵平はビエルサやデ・ゼルビを熱く語ることで知られています。
なので「テレビ中継で聞かない」のは、サッカー界全体で語られていないからではなく、地上波・BSの中継というフォーマットが戦術言語を排除する構造を持っているから、と捉えるのが正確です。媒体を切り替えるだけで景色がかなり変わります。
──私はサッカーの素人ですが、その私が今度のワールドカップを楽しむにあたって、最低限押さえておくべき戦術的見通しをいただけませんか。
クロコ: 2026年ワールドカップ──6月開幕、米・加・墨共催、48カ国に拡大される最初の大会──を戦術的に楽しむための最小セットを、4層に分けて整理します。
第1層は、4局面で試合を見ることです。サッカーの試合は常に「攻撃」「守備」「攻撃→守備のトランジション」12、「守備→攻撃のトランジション」のいずれかにあります。一気に解像度が上がるのは、ボールを失った瞬間と奪った瞬間──トランジションの2つ──に注目することです。ここで何秒以内にプレッシングをかけるか、逆に何秒で前にボールを送るかに、各チームの個性が最も出ます。点が入る瞬間の多くはトランジションから生まれる、と知っているだけで、見方が変わります。
第2層は、陣形ではなく「ブロックの高さ」13を見ることです。4-3-3や3-4-2-1といった数字より重要なのは、守備時にチーム全体がピッチのどの高さに守備ブロックを置くかです。ハイプレス(相手陣内から奪いに行く)、ミドルブロック(中盤で構える)、ローブロック(自陣に引いて固める)の3択で、これが試合の「速度」と「リスク」を決めます。日本代表は森保体制下で相手によってこれを使い分けるのが特徴で、強豪相手にはミドル〜ローに下げてカウンターを狙う設計です。
第3層は、注目すべき監督・思想の対立軸です。今大会で見るべき対立軸は大きく3つ。ポジショナルプレー系(スペイン=デ・ラ・フエンテ、ドイツ=ナーゲルスマン、ペップ思想の継承)、トランジション/ストーミング系(イングランドのトゥヘルが2024年末に就任、ドイツとの対比が面白い)、堅守速攻+個の質系(フランス=デシャン、アルゼンチン=スカローニ、構造より個の解決力を信頼する設計)。同じ「強豪」でも思想が違うので、ベスト16以降は「思想のぶつかり合い」として観ると一気に面白くなります。
第4層は、セットプレーを軽視しないことです。近年のW杯では全得点の約3割がセットプレー由来です。CKやFKの場面では「誰がどこに走り込むか」のデザインが事前に仕込まれているので、ボールが蹴られる前にカメラが引いた瞬間、選手の配置を見ておくと「あ、これは仕込まれた動きだ」とわかります。アーセナル式のショートコーナーや、デンマーク・イングランドの精緻なセットプレーは特に注目です。
日本戦の見どころも補足します。日本は2022年カタール大会でドイツとスペインを破った「ハイプレス+一気の縦」の成功体験を持っていますが、これは90分続けられる戦術ではなく、特定の時間帯に集中投下するスイッチ戦術です。日本戦を観るときは「いつスイッチを入れたか」「どの選手が合図か」──多くの場合、遠藤航や守田英正のポジショニング──を意識すると、解説が触れない層が見えてきます。
──では、日本がグループリーグで対戦する相手についても、戦術的な見どころを整理していただけますか。
クロコ: グループFはオランダ、チュニジア、スウェーデン(プレーオフB勝者)です。3カ国の戦術的見どころを整理します。
まずオランダ。初戦・最重要の相手です。伝統的にポジショナルプレーの源流──ヨハン・クライフ、ファン・ハールの系譜──ですが、現在のロナルド・クーマン体制は現実主義寄りで、純粋な支配型というより「個の質で殴る」設計に近づいています。見るべきは3点。第一に、センターバックのフィルジル・ファン・ダイク(リバプール)の高いライン設定です。彼がどの高さにラインを敷くかで日本のハイプレスのスイッチ条件が決まります。第二に、コディ・ガクポ、シャビ・シモンズ、デンゼル・ダンフリースの個人打開。構造より個人のミスマッチで崩すタイプなので、日本のSB(伊東純也や菅原由勢が対峙するダンフリースは特に)との1対1が勝負所です。第三に、オランダは守→攻のトランジションがやや遅いのが弱点とされています。日本がボールを失った直後の「5秒」の対応が、失点リスクと奪い返しのチャンスを同時に決めます。
次にチュニジア。アフリカ予選を失点ゼロで勝ち抜いた堅守の試合巧者です。典型的なローブロック+速攻型で、自陣に4-4-2または5-4-1のブロックを敷き、カウンターとセットプレーで仕留めに来ます。日本にとってはカタール大会のコスタリカ戦と似た構図になりやすく、「引いた相手をどう崩すか」という日本の積年の課題が再び問われます。見どころは、日本がサイドから単調なクロスに逃げずに、ハーフスペース──SBとCBの間──への侵入回数を積み上げられるか。ここで三笘薫や久保建英が内側に絞る動きを何度見せるかが、攻撃の成否を測る定量指標になります。チュニジアのセットプレー守備も堅いので、日本のセットプレー攻撃のデザイン(近年強化中)も注目点です。
そしてスウェーデン。プレーオフBでポーランドを3-2で破って本大会出場を決めた新興チームで、軸はアレクサンデル・イサク(リバプール)とヴィクトル・ギェケレシュ(アーセナル)の2トップ級の破壊力です。ギェケレシュはアーセナルのセットプレー・ハイプレス文化の中で鍛えられた現代的なストライカーで、イサクは技術と決定力を兼ね備えた世界的FW。戦術的には伝統的に縦に速く、フィジカルとセットプレーで殴る北欧型で、ポジショナルな支配は志向しません。日本にとっての勝負所は空中戦とセカンドボールで、センターバック(板倉滉、冨安健洋らが戻っていれば)の対応精度が直接失点数に跳ね返ります。W杯全体でセットプレー得点比率が約3割と申し上げましたが、この試合では5割近くになる可能性があります。
日本の3試合の性格は全く違います。オランダ戦はミドル〜ローブロック+カウンターで、トランジション速度と個の打開への対応が勝負。チュニジア戦は保持して崩す(日本が主導)、ハーフスペース侵入とセットプレーが勝負。スウェーデン戦は互角の殴り合いで、空中戦とセカンドボール、セットプレーが勝負。3試合とも別の戦い方を求められるのがグループFの特徴で、森保監督が前回大会で見せた「試合ごとに設計を変える柔軟性」がそのまま問われます。中継を見るときは、キックオフ直後の10分で日本のブロックの高さを確認するだけで、その試合の森保監督のプランが読めるはずです。
──今までのお話を聞いていて気になったのですが、一試合に200から300のポゼッション・シーケンスが発生するとして、最初にボールに触る人と最後に触る人というのは分析として非常に重要だと感じます。平均すると、選手はひとりあたり何アクションに関わるのでしょうか。そして、最初と最後にもっとも関わるのは誰なのでしょうか。
クロコ: 単位の整理から入りましょう。1試合に、200〜300のポゼッション・シーケンス(保持局面)があり、その中にイベント(個別アクション)が1500〜2000件あるという2階層構造でした。
平均イベント数(1試合・1選手あたり)で言うと、両チーム合計2000イベントなら片チーム約1000、11人で割ると平均90アクション前後ですが、ポジション別のばらつきが非常に大きいのがサッカーの特徴です。実データで見ると、セントラルMF(ロドリ、遠藤航のようなアンカー)が最多で100〜130タッチ、センターバックとサイドバックが80〜100、GKが40〜60、ウイング・FWが30〜60という分布になります。つまり最前線の選手は中盤選手の半分以下しかボールに触らない。ここが野球の打者(1試合4打席保証)との決定的な違いで、サッカーでは「ボールが来る回数そのもの」がポジションの価値と直結します。
シーケンスの「最初に触る人」(sequence starter)はここが戦術分析で最も示唆に富むポイントで、GKとセンターバックが全シーケンスの約半分を開始します。GKが20〜25%、CBが25〜30%、SBと守備的MFがそれぞれ15〜20%というのが一般的な分布です。現代サッカーで「ビルドアップ」14という言葉が重視されるのはこのためで、シーケンスの出発点に触れる選手の質=チームの攻撃の質とほぼ同義になります。ペップがセンターバックにジョン・ストーンズのような技術者を置き、GKにエデルソンのような足元の巧い選手を選ぶのは、この「スターター比率」の重要性から逆算した配置です。日本代表で言えば、谷口彰悟や板倉滉、そしてGKの鈴木彩艶が誰にどうボールを渡すか、という最初の2〜3秒が実は試合全体を規定しています。
逆にシーケンスの終端は、ウイングとストライカーに集中します。ただし終端には「シュートで終わる(ポジティブ)」と「ボールを失って終わる(ネガティブ)」の両方が含まれ、分析的に重要なのは「シュートで終わったシーケンスの比率」(チーム単位ではPPDA15、選手単位ではxGに繋がる指標)です。つまり最後に触る選手は「決定機の蛇口」であると同時に「保持を浪費する犯人」にもなりうる。三笘薫や久保建英のようなドリブラーが「シーケンスを終わらせすぎる」と中盤の労力が報われず、逆に「シュートで終わらせる率」が高ければチームへの貢献は甚大、という二面評価になります。
この非対称性──中盤の選手が最も多く触り、最初と最後は別の選手が担い、貢献の測り方がポジションごとに根本的に違う──こそがサッカーを離散化しきれない理由でもあります。野球の打者は全員が同じ「打席」という単位で測れますが、サッカーは同じ90分でもポジションによって関わる単位が10倍違い、しかも「質」の比重がポジションごとに変わる。戦術分析が複雑化するのはこのためで、逆に言うと「スターター品質」「終端品質」「中継品質」を分けて見るだけで、素人目にもチームの設計思想がかなり読めるようになります。
──繰り返しになりますが、私はサッカーの素人です。その私から見ても、スターターの重要性が強く感じられるお話ですね。
クロコ: その直感はプロの分析者と完全に一致しています。過去20年のサッカー戦術史は、「スターターの重要性にいつ気づいたか」で整理できてしまうくらい、この概念が中心にあります。
2000年代までは、GKとCBは「ボールを蹴り出す人」でした。GKがボールを持ったらロングキックで前線に放り込む、CBは危なくなったらタッチラインに蹴り出す、というのが常識で、スターターという発想自体が薄かった。ところが2008年にグアルディオラがバルセロナでGKのビクトル・バルデスに足元でビルドアップさせ始めた瞬間から、サッカーの設計思想が反転します。「最初に触る人の質を上げれば、その先の全シーケンスが優位になる」という発見でした。
その後の十数年の変化は全部これで説明できます。GKがパス能力で選ばれる時代(エデルソン、アリソン、ノイアー)になったこと、足元の巧いCBが市場で高騰したこと(ファン・ダイクが当時史上最高額のDFになった)、アンカー16という新しいポジションが中盤の「第2スターター」として戦術の中心になったこと(ロドリ、ロドリゴ・ベタンクール、日本の遠藤航)、これらすべてが「スターター品質」への投資です。
素人が観戦で1点だけ意識するならスターター、というのは分析的にも正しい選択です。具体的には、チームがボールを持った最初の3秒、GKかCBがボールを持った時に何が起きるかを見るだけでいい。相手が前から来ているか、味方の中盤がどこに顔を出すか、最初のパスが前に進むのか横に逃げるのか──この3秒にそのチームの哲学がすべて圧縮されています。グアルディオラ系は絶対に前に進める経路を探す、クロップ系は素早く縦に割る、守備的なチームはまずロングボールで逃がす、と明確に個性が出ます。
さらに面白いのは、スターターの失敗はそのまま失点に直結するという非対称性です。終端の選手(ストライカー)がミスしてもせいぜい得点機会を1つ逃すだけですが、スターターがミスするとボールを奪われた場所がゴールに近すぎて即失点になります。2022年W杯で日本がスペインとドイツに勝った2試合、どちらも相手のビルドアップのミスからの得点が決勝点に絡んでいました。日本のハイプレスは「相手のスターターを機能不全にする」ことを狙った設計で、これが機能した瞬間に試合がひっくり返ったわけです。
中継カメラは得点シーンでストライカーを追いますが、その2〜3手前、ボールがどこで始まったかを覚えておくと、試合後に「ああ、あの瞬間に勝負は決まっていたのか」と遡って理解できる。これはサッカーを観る解像度が一段上がる、確実な方法です。
──キーパーやCBに求められる資質が変わったことは理解できました。では、最後にタッチする人、つまり終端の選手に求められる資質も歴史的に変化してきたのでしょうか。
クロコ: 変わっています。しかもスターター側の変化と連動して、対になる形で変化しました。歴史の流れを3段階で整理します。
第1段階(〜1990年代)は点取り屋=ファン・バステン型。古典的なストライカー像は「ペナルティエリアの中で仕事をする人」でした。ゲルト・ミュラー、マルコ・ファン・バステン、ロマーリオ、フィリッポ・インザーギの系譜です。求められたのはポジショニング、ヘディング、一発の決定力で、中盤からの仕事には関わらない。9番が前線に張って、10番がボールを運び、9番に供給する、という役割分担が明快でした。この時代の「最後に触る人」はシュート数こそ多いものの、1試合の総タッチ数が20〜30と極端に少ないのが特徴で、ほぼ完全にフィニッシャーに特化していました。
第2段階(2000年代〜2010年代前半)は偽9番17=メッシ型の衝撃。2009年のペップ・バルセロナで起きた革命が、終端像を根本から変えます。メッシを中央に置きながら、メッシが下がってビルドアップに参加するという設計でした。これにより「最後に触る人」の定義がぐらつきます。従来のフィニッシャーではなく、「最後に触るが、その手前にも関わる」選手が勝ちに直結するようになった。ルイス・スアレス、カリム・ベンゼマ、ロベルト・フィルミーノあたりがこの系譜で、特にフィルミーノはクロップ・リバプールで「シュートより、サラーとマネにチャンスを作るための9番」として機能し、点を取らない9番の価値を証明しました。求められる資質にパス、プレス、ボール保持、ポジショニングの流動性が加わったのがこの時代です。
第3段階(2010年代後半〜現在)は分業の再統合=ハーランド/ギェケレシュ型。面白いのは、偽9番革命の後に「やっぱり決定力特化の9番も必要」という揺り戻しが起きていることです。ただし古典型への単純な回帰ではなく、「中盤の仕事は他の選手に任せ、自分は完璧に終端に特化する」現代型フィニッシャーとして再定義されました。アーリング・ハーランド、ヴィクトル・ギェケレシュ、ハリー・ケイン、キリアン・エムバペがこの系譜です。彼らに求められるのは、シーケンスの終端だけに集中しつつ、その終端で圧倒的な質を出すこと。具体的には、背後への抜け出し、フィジカルでの競り合い、1タッチでの決定力、カウンターの先端としてのスプリントです。
この揺り戻しが起きた理由が、実はスターター側の進化と連動しています。GKやCBがビルドアップで一気に前線にボールを届けられるようになったため、「偽9番がわざわざ下がる必要がなくなった」のです。スターターが優秀なら、9番は前線に残って終端の仕事だけに集中すればいい。スターターの進化が、終端の特化を許したという因果関係になります。
もう一つの終端──ウイングの変化についても補足します。「最後に触る人」はストライカーだけではなく、現代ではウイングが終端を担うケースが増えています。三笘薫、ブカヨ・サカ、モハメド・サラー、ビニシウス・ジュニオールのような選手は、シーケンスの終端でシュートもアシストも担当する「両刀の終端」です。古典的な9番とウイングの境界が溶けて、「どのポジションから終端に入るか」がチームごとに違う時代になりました。ペップのマンチェスター・シティがハーランドを9番に置きながら、実はサイドのベルナルド・シルバやフォーデンも頻繁に終端になる、という多重終端構造は、この最新の姿です。
まとめると、終端の選手に求められる資質は「決定力のみ」→「決定力+中盤の仕事」→「決定力に再特化、ただし背後への動きとスプリント重視」という3段階を経ています。そしてこの変化はスターターの進化と完全に対応しており、サッカー全体が「スターターと終端の分業を洗練させる方向」に進化してきた、と整理できます。
今度のW杯で言えば、ハーランド型(ギェケレシュ。ハーランドは今回本大会出場を逃していますがノルウェーの予選を牽引)、偽9番的な流動型(スペインのラミン・ヤマルや、実はベンゼマ引退後のフランスのエムバペ中央起用がこれに近い)、古典的フィニッシャー(レバンドフスキはポーランドが敗退)といった異なる終端像が同じ大会に並ぶのが面白さで、「このチームの9番はどの型か?」という観点で観るだけで、チームの設計思想がかなり読めるはずです。
──恥ずかしながら、私のような素人にとって、10番と言えば大空翼のイメージがあるのですが、9番の方は具体的なイメージが湧きません。9番の典型的なイメージと、その変化について、もう少し説明していただけますか。また、こうした歴史を日本代表で言うと誰に当たるのか、あわせて教えてください。
クロコ: 背番号の歴史は、そのままポジションの歴史でもあるので、ここから入ると戦術史が一気に立体的になります。
1930〜50年代のサッカーでは、背番号はポジションそのものを表す固定記号でした。1番がGK、2〜5番がDF、6〜8番が中盤、9番がセンターフォワード、10番がセカンドトップ(トップ下)、11番が左ウイング、という対応です。だから「9番」「10番」は単なる番号ではなく役割の名前として今も生きています。
9番の典型イメージは、ペナルティエリアの中に陣取り、クロスやスルーパスを受けて点を取る、チームで最も前にいる選手です。大空翼の漫画の世界で言うと、翼(10番)にパスを出される側、日向小次郎の立ち位置が9番に近い。体格が大きく、空中戦に強く、シュートが鋭く、ドリブルで運ぶより「最後に仕留める」ことに特化した選手。世界的なイメージで言えば、ゲルト・ミュラー(西ドイツ)、マルコ・ファン・バステン(オランダ)、ロナウド(ブラジル、2002年W杯)、アラン・シアラー(イングランド)あたりが純粋な9番の典型です。つまり、10番がチームの頭脳(司令塔)で、9番がチームの刃(フィニッシャー)、という関係性が伝統的な役割分担でした。大空翼(10番)が考えて、日向(9番)が決める、という構造です。
9番像の変化は、先ほどお話しした3段階そのものです。第1段階の古典型9番が、第2段階でメッシの偽9番(中央にいるが下がってくる)によって揺さぶられ、第3段階でハーランド型(古典型への回帰だが、より特化した現代フィニッシャー)として再定義された、という流れでした。
日本代表の9番の系譜を整理します。古典的9番の代表格は釜本邦茂(1968年メキシコ五輪得点王)です。日本サッカー史で最も純粋な9番は、間違いなく釜本邦茂です。長身、強烈なシュート、空中戦の強さ、ペナルティエリアの中での仕事人。まさに1960〜70年代の世界的な9番像の日本版でした。ただしこの時代は日本サッカー全体がW杯に届く水準ではなかったので、世界と比較するには難しい存在です。
ポスト釜本の系譜は、高木琢也、呂比須ワグナー、久保竜彦、高原直泰、玉田圭司、岡崎慎司、大迫勇也です。1990年代以降のW杯世代で「9番」を背負ってきた選手たちですが、純粋な古典型9番は意外と日本には少ないです。身体的に欧州・南米のセンターフォワードと勝負しにくい事情もあり、岡崎慎司のような「走って潰してこぼれ球を押し込む」動き回る9番、大迫勇也のような「ポストプレー18で味方を活かす」偽9番寄りの9番、が日本の持ち味として発達しました。特に大迫は2018年W杯コロンビア戦のゴールに象徴されるように、第2段階的な「下がって絡める9番」の最高到達点でした。
現在の日本の9番問題──上田綺世、小川航基、町野修斗、古橋亨梧──ここが今の日本代表の最大の戦術的論点です。森保監督は近年、「純粋な古典型9番」を置く試合と、「偽9番的に鎌田大地や南野拓実を中央に置く」試合を使い分けています。上田綺世(フェイエノールト)は比較的古典型に近く、空中戦と決定力で勝負するタイプ。小川航基(NECナイメヘン)は身体能力型。一方で、鎌田大地や南野拓実、久保建英を中央寄りで使うと、第2段階の偽9番的な構造になります。
10番の系譜も補足すると、日本の10番は中田英寿、中村俊輔、香川真司、中島翔哉と、明確に「司令塔=頭脳」の系譜が続いてきました。そして現在の実質的な10番は久保建英です。ただし現代サッカーは10番の司令塔的役割が薄れ、久保は右ウイングから中央に絞って終端を担う現代型で、古典的な10番(大空翼型)からは遠い選手です。この意味では、大空翼的な10番像は、日本代表からも、世界サッカーからも、ほぼ消滅しました。これも戦術史の大きな変化です。
今回のW杯で言うと、グループFで日本が直面する終端は、オランダのメンフィス・デパイやガクポ(流動型)、スウェーデンのイサクとギェケレシュ(現代ハーランド型)、チュニジアは固定的な9番を置かない可能性、という3種類の異なる「終端の型」です。対する日本の9番が誰になるか(上田か、大迫の復帰か、鎌田の中央起用か)は、森保監督が試合ごとに変える設計の中核で、中継の最初にスタメンを見た瞬間にその試合の森保プランが読めるポイントです。
大空翼的な10番は消え、日向的な9番は特化型として残り、そして両者の間を埋める新しい選手たち(久保、三笘、鎌田のようなハイブリッド型)が中心になっている──これが現代サッカーで起きていることで、日本代表もその流れの中で試行錯誤している、と見ると観戦の解像度が一段上がります。
──CB、CF、ウイングといったポジション名は、遠野というサッカーの盛んな地域で育った私にとって、素人ながらも馴染みのある言葉です。ところが最近は「シャドー」という言葉をよく耳にします。「三笘のシャドーがいい」というような言い方ですね。どうやら、ポジションに関する言葉と、役割に関する言葉が入り混じっているように感じるのですが。
クロコ: その違和感は完全に正しくて、実はプロの解説者や分析者もこの混乱を自覚していて、使い分けが統一できていないのが現状です。
現代サッカーの用語は、大きく分けて「フォーメーション語彙」と「役割語彙」の2系統があります。フォーメーション語彙は、ピッチ上の静的な配置を表します。GK、CB、SB、ボランチ、サイドハーフ、ウイング、CF──これらは「どこに立つか」を示す座標系の言葉です。4-4-2や3-4-2-1といった数字と紐づいて、チームシートに書ける種類の言葉です。役割語彙は、その選手が何をする人かを表します。アンカー、インサイドハーフ、シャドー、トップ下、偽9番、ウイングバック、リベロ──こちらは動的な振る舞いを示していて、同じ「4-3-3」でも中盤3枚の役割がアンカー+インサイドハーフ×2なのか、ダブルボランチ+トップ下なのか、で全く違うチームになります。
混乱の原因は、かつては両者がほぼ一致していたからです。1970年代までは「4-4-2で右サイドハーフ」と言えば役割も位置も固定でした。ところが現代サッカーでは「位置」と「役割」が分離したため、2系統の語彙が必要になり、それが中継の現場では整理されずに混ざって使われている、というわけです。
シャドーは、3-4-2-1というフォーメーションの、1の下にいる「2」の選手を指す役割語彙です。正式には「シャドーストライカー」の略で、9番(CF)の背後(=影)から飛び出して得点に絡む選手、という意味になります。3-4-2-1の「2」の位置がシャドー、4-2-3-1の「3」の中央がトップ下、4-3-3の両インサイドハーフがIH、4-3-3の両サイドの前がウイング、3-4-2-1の両サイドの「4」の外側がウイングバック、と対応しています。
森保監督の日本代表は3-4-2-1を基本形にしているため、ここで言う「2」のポジションにいる選手がシャドーです。具体的には、久保建英、鎌田大地、南野拓実、堂安律、三笘薫あたりが試合ごとに入れ替わって務めています。三笘は本来左ウイング的な選手ですが、3-4-2-1ではシャドーの位置に置かれるため、「三笘のシャドー」という言い方になるわけです。
シャドーとトップ下、ウイングの違いを具体的に整理します。トップ下は、4-2-3-1の真ん中で1人だけ高い位置にいる選手で、古典的な10番・司令塔のポジションです。中田英寿や中村俊輔のイメージ。ボールを受けてゲームを作る、チャンスメイクの中心。シャドーは、3-4-2-1の中央寄りで2人並ぶ選手で、トップ下より前向きで、ウイングより中央寄り。ゲームメイクより終端に絡む性格が強く、CFと近い距離で得点にも関わります。つまり、トップ下(頭脳)より攻撃的で、ウイング(サイド突破)より中央で、CF(最前線)より少し後ろ、という中間的な役割です。ウイングは、ピッチ最外側の高い位置で、サイド突破とクロス、あるいはカットインしてシュートが仕事。三笘がプレミアリーグのブライトンで務めるのがこれです。
つまり同じ三笘という選手が、ブライトンではウイング、日本代表ではシャドーとして使われている、ということになります。これが「三笘のシャドーがいい」という言い方の背景です。位置が違えば要求される動きも変わり、「シャドーとしての三笘の出来」を評価する文脈が生まれます。
補足すると、日本代表が3-4-2-1を採用して「シャドー」という言葉が広まったのは、ハリルホジッチ〜森保時代(2015年前後〜)からです。それ以前の日本代表は4-2-3-1や4-4-2が中心で、トップ下・サイドハーフという語彙で語られていました。広島時代の森保監督がミハイロ・ペトロヴィッチ監督から受け継いだ3-4-2-1を代表に持ち込んだことで、「シャドー」が急に日本の中継で頻出語になった、という事情があります。
中継を聞いていて「ポジション名なのか役割名なのかよくわからない」と感じたら、「これは布陣(静的)の話か、動き方(動的)の話か」を自問すると、かなり整理できます。「三笘のシャドー」は役割語彙で、「3-4-2-1の左シャドーを務める三笘」と言い換えれば、位置と役割の両方が見える。
ちなみにこの混乱は日本特有ではなく、英語圏でも winger と wide forward と inverted winger の使い分けなどで同じ議論があります。「語彙が増えたのは、ポジションが複雑化した証拠」と捉えるのがちょうどよくて、言葉を追いかけること自体がそのまま戦術史を追いかけることになります。
──攻撃の選手の役割としてシャドーが注目されるのだとすれば、当然、守備の選手の役割についても語彙は豊富になっているはずですよね。
クロコ: その推論は完全に正しいです。攻撃側と守備側の語彙の拡張は、対になる形で同時進行しています。攻撃が複雑化すれば対応する守備も複雑化し、それに合わせて新しい役割語彙が生まれる、という関係です。
最も重要な守備系の新語彙はアンカー/ピボーテ19です。4-3-3や4-1-4-1の中盤底で1人だけ残る選手で、CBの前に錨(anchor)のように居座り、相手の攻撃の中央ルートを塞ぐ役割。スペイン語ではピボーテ(pivote)と呼ばれます。ロドリ(マンチェスター・シティ、2024年バロンドール受賞)、カゼミーロの全盛期、日本代表では遠藤航がこれです。単なる守備的MFではなく、「ビルドアップの第2スターターでもあり、守備の中央のフタでもある」二役を要求される点が古典的な守備的MFとの違いです。
アンカーと並んで現代中盤に置かれるのがボール奪取型ボランチ(ボール・ウィナー)で、走力と対人守備でボールを奪い取ることに特化した選手。エンゴロ・カンテが象徴です。日本代表では守田英正や田中碧がこのタイプに近い。アンカーが「構える」タイプなら、ボール・ウィナーは「狩りに行く」タイプです。
ボランチという語彙の変質にも触れておきます。日本で長く使われてきた「ボランチ」はポルトガル語の「ハンドル(volante)」から来ていて、本来は「中盤の舵取り役」という役割語彙でした。ところが日本のサッカー文化の中で「4-2-3-1の2の位置」という位置語彙に転化してしまい、今では「ダブルボランチ」が位置、「アンカー」が役割、という奇妙なねじれが生まれています。これも混乱の一因です。
インバーテッド・サイドバック(偽SB)20は守備語彙の中で最も新しい概念の一つ。サイドバックが守備時にサイドではなく中央寄りに絞って、アンカーの横に並ぶという動きです。グアルディオラが2017年頃からマンチェスター・シティで本格化させ、ジョシュア・キミッヒ(バイエルン)、トレント・アレクサンダー=アーノルド(リバプールで部分的に)がこれ。守備時に「サイドバックなのに中央を守る」という、10年前なら意味不明だった動きが、今や強豪クラブの標準装備になっています。日本代表では菅原由勢や伊藤洋輝が部分的に担うことがあります。
ウイングバックは3バックシステム(3-4-2-1や3-5-2)で、サイドを1人で上下する選手。守備時はSBのように最終ラインに吸収されて5バックになり、攻撃時はウイングのように高い位置まで上がる。日本代表では伊東純也、三笘薫、堂安律、中山雄太、菅原由勢あたりが務め、実はシャドーと並んで森保ジャパンの3-4-2-1を成立させている最重要ポジションです。90分走り続ける必要があり、現代サッカーで最も過酷なポジションの一つとされます。
リベロ/ボール・プレイング・センターバック21について。リベロ(自由人)は1960年代のフランツ・ベッケンバウアーが発明した、「最終ラインから前進してビルドアップに参加するCB」。一度廃れましたが、現代でボール・プレイング・センターバック(BPCB)として復活しています。ファン・ダイク、ヨシュコ・グヴァルディオル、日本代表なら板倉滉、谷口彰悟がこれに近い。「守るだけでなく、スターター機能も持つCB」という意味で、先ほどお話ししたスターター革命の守備側での具体化です。
プレス・トリガー担当/ファースト・ディフェンダー22は守備の「最初に仕掛ける人」を指す役割語彙。どの選手が、どの合図でプレスを始めるかがチーム全体のプレッシング設計を決めるため、「この選手がファースト・ディフェンダー」という言い方が分析で使われます。日本代表ではCFの上田綺世や、シャドーの久保・南野が担うことが多い。攻撃側の「スターター」に対応する守備側の概念、と整理できます。
ゼロトップと、対応する「スペース・マーカー」もあります。攻撃側が偽9番(ゼロトップ)を置いてCBを引っ張り出そうとする時、守備側のCBが釣られずに中央のスペースを埋め続ける役割も新しく名前が付きました。これを厳密に指す定着した日本語訳はまだ無く、英語圏では zone marker や space-oriented defender と呼ばれます。
こうして並べると、守備側も攻撃側と同数以上の新語彙が生まれているのが分かります。そして面白いのは、新しい守備語彙のほとんどが、対応する新しい攻撃語彙への応答として生まれていることです。偽9番が出てきたからスペース・マーカーが、偽SBが出てきたから対応するプレス構造が、シャドーが出てきたからアンカーの横に張る守備が、という具合に。
素人の方に一番お勧めできる見方は、相手がボールを持っている時、日本の選手が誰にマークについているかを追うことです。特に遠藤航(アンカー)が相手のトップ下/シャドーに対してどう距離を取っているか、ウイングバックが相手のウイングとどう対峙しているか、の2点だけを追うと、日本の守備設計が丸見えになります。得点シーンよりも、相手がゆっくりビルドアップしている時間帯のほうが、戦術眼を鍛えるには適しています。中継の実況は絶対にそこをコメントしてくれませんが、ボールから目を離してマーカーを見る練習をすると、サッカーの見え方が一段どころか二段変わります。
結局のところ、語彙の豊富化はサッカーの構造が可視化されてきた証拠です。かつては「気持ちで守る」「根性で攻める」と語られていた現象が、一つひとつ役割と位置に分解されて名前を与えられている。これは遠野で馴染んでこられた古典的なサッカー観と、現代サッカーの分析言語を繋ぐ橋として、そのまま観戦解像度の向上に直結するはずです。
──ここまでお話を伺っていて、また気になることが出てきました。これらの戦術や、トリガーの発動というのは、試合中はすべて選手に任されているのでしょうか。それとも、あらかじめ決められていることなのでしょうか。
クロコ: 本質的な問いで、ここがサッカーの最も面白い認知的な特徴に触れています。答えは、「決め事」と「選手の判断」の両方で、その比率そのものがチーム哲学、というものです。
現代サッカーの意思決定は、おおむね3つの層に分かれています。
第1層は事前に決められた原則(プリンシプル)23。試合前、あるいはシーズン通して決まっているルール群です。例えば「GKがボールを持ったら、必ず3秒以内にビルドアップを開始する」「サイドバックは守備時に中央寄りに絞る」「相手が自陣に侵入したら必ず5バックになる」といった骨格的な約束事。これは練習で反復して、試合中に考えなくても身体が動くレベルまで落とし込まれます。
第2層はトリガーによる条件分岐。「もし相手がこうしたら、こちらはこう動く」というif-thenルール。「相手のGKがCBに横パスを出したら、シャドーがプレスを開始する」「アンカーが相手FWの影に入ったら、CBが前進してボールを持ち運ぶ」といった条件付きの行動。これは決め事ですが、発動の判断は現場の選手のトリガー認識に委ねられます。
第3層は選手の即興的な判断。プリンシプルとトリガーの範囲内で、個々の選手が状況を読んで即興的に決める部分。ドリブルで仕掛けるかパスを出すか、どのコースを走るか、ここは最終的に選手の判断です。
面白いのは、どの層をどれくらい重くするかが、監督の思想そのものという点です。グアルディオラ型(原則主義)は第1層と第2層が極端に厚い。全局面にルールがあり、選手の即興性は最小限。メッシでさえ「メッシなりに動きすぎるな」と制限されたと言われます。これは「全員が同じ絵を見て動く」ことで、個人の判断ミスを減らす設計です。クロップ型(トリガー重視)は第2層が中核。「ボールを失った5秒以内に全員が奪い返す」というトリガーが神聖不可侵で、そこから先は比較的選手の判断に任せる。シメオネ型(即興的守備)は意外にも第1層の守備原則が非常に厳密ですが、攻撃は第3層に振る。守備は全員同じ動き、攻撃はストライカーの閃きに任せる。アンチェロッティ型(選手主導)は3層の比率で言えば第3層が最も厚い監督。「一流選手を集めて、彼らに気持ちよくプレーさせる」ことが最大の戦術、と言われるほど選手の判断を尊重します。レアル・マドリーで何度もCLを獲っているのは、この哲学です。ビエルサ型(極端な第1層)は全ての対戦相手の全ての試合を分析し、個別のプランを作る。第1層を試合ごとに書き換えるタイプで、選手の認知負荷が極めて高い。
プロの練習時間の大部分は、第1層と第2層を身体に染み込ませる作業です。同じ形を何十回も反復し、トリガーに対する反応を自動化する。ペップのマンチェスター・シティは練習で「このパターンではこの選手がこの位置に、同時にこの選手が背後を取る」というところまで型として作り込み、試合ではそれがほぼ無意識に発動するようになっています。
逆に言うと、試合中に選手が「考えて」動いている時間は、プロのトップレベルほど実は少ないのです。ほとんどの動きはパターン化され、第3層(即興)は最終的な判断の瞬間にだけ現れる。これはチェスの名人が序盤をほぼ暗記で指すのと似ています。
90分の試合の中で、第1層と第2層は基本的に動きません。動くのは主にハーフタイムと、交代選手が入るタイミングです。ハーフタイムに監督が「後半はプレスの開始位置を下げる」と指示すれば、それは第1層の変更。交代で選手を入れる時、「お前はインサイドに絞れ」「お前はサイドに張れ」という指示も、入ってくる選手に対する個別の第1層。試合中、ベンチから大声で指示が飛ぶ場面をよく見ますが、あれの多くは「さっき決めたことをもう一度思い出させる」リマインドか、「相手が予想と違うことをしてきたから、こちらの第2層のトリガーを更新する」微調整です。テレビで森保監督が熱心にメモを取っているのは、後半やハーフタイムでの調整のための観察ですし、4局面の細かい修正を書いている可能性が高い。
ここで重要になるのが、ピッチ上のリーダーが誰か、という話です。監督は90分ずっと指示を飛ばせないので、ピッチ上で第1層・第2層を管理する選手が必要になります。これをやるのが伝統的にキャプテンで、特にCBやアンカーに置かれることが多い。ファン・ダイク、ロドリ、カゼミーロ全盛期のレアル、日本代表なら遠藤航や吉田麻也の役割です。試合中にチームメイトに指を差して位置を修正しているのは、監督の代理として第1層を維持しているのです。
結論として、「戦術は基本的に決め事で、選手の判断は決め事の範囲内での即興」というのが正確な整理です。ただし、その「決め事の範囲」をどれくらい広く取るかが監督の哲学で、ペップなら狭く、アンチェロッティなら広く、森保なら中間くらい、という違いになります。
森保ジャパンは、世界のトップと比べると第3層(選手の判断)に頼る比率がやや高い監督と分析されています。これは批判されることも多く、「戦術が無い」と言われる一因でもあるのですが、良く解釈すれば「選手の判断力を信頼している」、悪く解釈すれば「決め事が粗い」、という評価が分かれる部分です。2022年W杯ドイツ戦・スペイン戦の逆転は、「後半にハイプレスに切り替える」という第1層の大きな変更と、交代選手のトリガー(三笘の侵入、堂安のシュート判断)が噛み合った瞬間でした。あれは決め事と即興の両方が機能した、日本サッカー史に残るケーススタディです。
中継で「あの動きは決め事か、即興か」を見分けるコツは、同じ形が試合中に2〜3回繰り返されるかどうかです。同じパターンが繰り返されたら第1層、一度きりの閃きなら第3層。これを意識すると、森保監督の準備の質が定量的に見えてきます。「今日の日本は3回、同じパターンで崩した」なら練習の成果が出ている、「1回だけの個人芸で点が入った」なら構造的には勝てていない、という読み方になります。
この視点で言うと、サッカーは「集団記憶のスポーツ」と言えるかもしれません。11人が同じ記憶を共有し、同じトリガーで同じ動きを発火させられるかが勝敗を決める。個人技のスポーツに見えて、実は極めて高度な集団認知のスポーツ──この構造に気づくと、90分の見え方が質的に変わります。
──最近、佐野海舟という選手が注目されているように感じます。これは戦術的な観点に照らすと、なぜなのでしょうか。
クロコ: 佐野海舟が今注目されている理由は、現代サッカーで最も希少価値が高いポジション──アンカー兼ボール・ウィナー──の要求水準を、日本人で満たす数少ない選手として浮上したから、と整理できます。
先ほどお話しした守備系の役割語彙を思い出してください。アンカー(構える守備の中央)とボール・ウィナー(狩りに行く守備)の2つに分けましたが、普通の選手はどちらか一方の適性を持ちます。佐野の特異性は、この2役を1人で兼ねられる点にあります。これは世界的にも希少で、理想形はエンゴロ・カンテ(全盛期チェルシー)、日本で先行するのが遠藤航です。実際、佐野自身がエンゴロ・カンテを理想に掲げ、日本だと遠藤航や守田英正を目標としていると語っています。
ブンデスリーガ1年目の異常なデータが、サッカー分析的に最も象徴的な部分です。2024-25シーズンのブンデスリーガで、佐野は394kmというリーグトップの走行距離、デュエル24勝利数209回でリーグ最多、空中戦の勝利162回で3位、インターセプト65回で最多、スプリント764回で最多、ドリブル32回で最多タイ、トップスピード34.42km/hは3位を記録しました。
これは異常な数字です。走行距離・デュエル・インターセプト・スプリント・スピードという、普通なら「守備の量の指標」と「走力の指標」と「奪う技術の指標」と「攻撃の指標」に分かれて分布する項目を、ほぼ全カテゴリで1位水準に並べたのです。これはボール・ウィナーとして奪い、アンカーとして構え、さらにスターターとして前進させるという3機能を同時に満たしていることの数値的証拠になります。しかもブンデスリーガ1年目でこれをやった、という文脈が世界の専門家の目を引きました。スペイン紙副編集長が「遠藤航3.0」「日本代表を進化させる存在」と分析しているのは、遠藤が切り拓いた役割を次の世代が更新している、という系譜の認識です。
戦術的な意味は、スターター革命の日本版の深化です。先ほどまでの話を思い出すと、現代サッカーではスターターの質=チームの攻撃の質でした。グアルディオラがGKやCBの足元を重視した理由です。ところが日本代表の特殊事情として、アンカーが第2スターターとして機能することが試合の支配力を決める構造があります。森保ジャパンの3-4-2-1では、CB3枚の前にいるアンカー(ダブルボランチの片方)がビルドアップの中継点になるため、ここが機能不全だと攻撃が始まらない。
この役割を2022年W杯までは遠藤航が担ってきましたが、遠藤も2026年時点で33歳を迎え、次世代の同型選手をどこで確保するかが日本代表の最大の戦術課題でした。佐野の登場は、この課題に対する最も直接的な回答です。しかも遠藤が「構える+奪う」の寄りで運ぶ能力は相対的に控えめだったのに対し、佐野は「奪う+運ぶ」が強く、スターターとしての前進貢献が大きいという差があります。これが「遠藤航3.0」と呼ばれる所以で、スターター機能がアップグレードされた次世代アンカー、という位置づけです。
先ほどお話しした第2層(トリガー)の運用でも、佐野の価値は突出しています。中央でボールを刈り取るアンカーの成否は、「どの瞬間にプレスに出るか」「どの瞬間に構えるか」の判断で決まります。出るのが早すぎれば背後を取られ、遅ければ前進を許す。佐野はこのトリガー判断の精度が異常に高く、ドイツの現地評では早いプレスと的確な予測で秀逸なボール奪取能力を武器とし、奪ったボールを速やかに攻撃へ展開する能力も高いため、一連のプレーがファーストネーム(海舟)に掛けて「佐野回収」と称されると報じられています。
観戦上の具体的な見どころを3つ挙げます。第一に、相手がビルドアップを始めた瞬間の佐野の位置。相手のトップ下やアンカーにどう距離を取っているか、ここで試合の守備強度が決まります。第二に、ボールを奪った直後の2〜3秒。ただ味方に預けるのか、自分で運んで加速させるのか──この「回収→加速」が佐野の最大の武器で、トランジション(先ほどお話しした守→攻の切り替え)の質がここで可視化されます。第三に、相棒の選手との距離感。アンカー兼ボール・ウィナーは1人では機能せず、もう1人の中盤(遠藤航、守田英正、鎌田大地のいずれか)との関係で役割が決まります。
2026年4月19日のボルシアMG戦で決定的ピンチを体を投げ出してブロックし、ドイツ大衆紙が「日本人選手による実に見事なプレー。いつものように彼はマインツのピッチ上で最も力強い選手の1人であり、中盤で試合をコントロールしていた」と絶賛した、といった評価が本大会直前まで続いている状況です。森保監督が佐野と遠藤のどちらを先発に置くか、あるいは2人を併用して「構える専門+狩る専門」の役割分担にするか、というのは本大会の戦術プランを読む最大の変数になります。特に先ほどお話ししたグループFの3カ国は戦い方が全く違うため、チュニジア戦では佐野を前に出してハイプレスのトリガー役に、オランダ戦では遠藤を構える役で起用する、といった使い分けも十分考えられます。
佐野が注目される理由を一言で言えば、「日本サッカーが世界に追いつく上で最後まで不足していた、アンカー兼ボール・ウィナーという役職の、世界水準の次世代担い手が現れた」ということです。素人目に派手なポジションではありませんが、先ほどまでに整理してきた戦術史の文脈で見ると、日本代表の構造的な穴がようやく埋まりつつある象徴的な選手──この視点で観戦されると、本大会で佐野が出るかどうかで試合の景色が全然違って見えるはずです。
──ありがとうございました。素人の私には十分すぎるほどの解説でした。最後に、ここまでで抜け落ちている視点や、今後の鑑賞に向けてのアドバイスをいただけますでしょうか。
クロコ: 抜け落ちている視点から。
第一に、「戦術は選手がいて初めて成立する」という当たり前の事実です。ここまで監督の哲学とシステムを中心に話してきましたが、実際にはどれだけ精緻な設計も、それを実行できる選手がいなければ絵に描いた餅です。ペップがマンチェスター・シティで成功したのはデ・ブライネやロドリがいたから、クロップがリバプールで勝ったのはファン・ダイクとサラーがいたから、という身も蓋もない側面があります。日本代表が2022年W杯で三笘・堂安・浅野の個の閃きで勝ったように、戦術が機能した瞬間と、選手の個が爆発した瞬間の区別は常に難しく、しばしば両者は不可分です。
第二に、フィジカル・医科学・栄養・データサイエンスといった非戦術領域の急成長です。現代サッカーの勝敗は、90分を通じて強度を維持できるか(GPS・心拍データによる負荷管理)、怪我を防げるか(スポーツ科学)、相手の弱点を試合前にどこまで分析できるか(データ会社との契約)、といった「戦術の外側」の要素で決まる比重が急速に上がっています。FCミッドユランの例を出しましたが、データ投資の格差が戦術設計の自由度を規定するという構造は、今後さらに加速します。
第三に、審判とルール変更の影響です。VAR導入(2018年〜)、オフサイド判定の厳密化、ハンドの定義変更、追加タイム表示の長時間化などは、戦術そのものを変えるほどの影響を持っています。例えばVAR以降、ペナルティエリア内での守備は慎重になり、結果としてセットプレーの重要性が増した、という因果関係が指摘されています。「ルールは戦術の前提条件」という視点は、観戦中には忘れがちですが、戦術史を俯瞰する時に欠かせません。
第四に、女子サッカーと男子サッカーの相互影響です。近年、女子サッカーの戦術的発展が目覚ましく、男子とは異なる戦い方の選択肢が示されつつあります。スペイン女子代表やアメリカ女子代表の分析は、男子の戦術にもフィードバックされ始めています。男子の2026年W杯だけでなく、今後の女子大会も同じ解像度で観ると、サッカーという競技の広がりが見えます。
第五に、戦術論そのものの相対性です。ここまで「グアルディオラ以降」を軸に話しましたが、これは欧州中心史観でもあります。南米のリーベル・プレートやフラメンゴ、アフリカのモロッコ代表(2022年W杯4位)の戦い方は、欧州のフレームでは捉えきれない独自性を持っています。特にモロッコはローブロック+セットプレー+個の質という、欧州の主流から見れば「古い」とされる戦術で世界ベスト4まで来ました。これは「戦術の正解は一つではない」という健全なリマインダーです。
今後の鑑賞のためのアドバイスをいくつか。
1つ目は、1試合で1つだけテーマを決めて観ること。90分で全てを追おうとすると疲れます。「今日は佐野の動きだけ追う」「今日はオランダのスターター(CBとGK)が最初の3秒で何をするかだけ見る」「今日はセットプレーの配置だけ見る」という具合に、観戦のたびに1テーマに絞ると、自分の中に観戦軸が増えていきます。1大会終わる頃には10以上の視点が蓄積されているはずです。
2つ目は、ハーフタイムに「後半の予想」を立てること。前半が終わった時点で、「後半、監督は何をどう変えるか」を自分で予想してみる。これは能動的な戦術思考の訓練として極めて有効で、当たっても外れても学びがあります。特に森保監督の采配は読みにくいので、予想と実際のズレが面白い観察対象になります。
3つ目は、試合後に1つだけ用語を調べること。中継で聞き慣れない言葉が出たら、それを1つだけメモして後で調べる。「5レーン」「xG」「インバーテッドSB」「ゲーゲンプレッシング」──1試合につき1語のペースで十分です。半年で50語くらい蓄積され、それがそのまま観戦解像度になります。
4つ目は、同じ試合を複数の解説で観る・読むこと。可能であれば、地上波の中継を観た後に、林陵平のYouTube、footballistaの試合レビュー、海外メディア(The AthleticやThe Analyst)の分析のいずれかを読んでみる。同じ試合が全く違って見える体験は、観戦観を根本から変える力があります。
5つ目は、解説と戦術の齟齬を楽しむこと。これが一番重要かもしれません。テレビの解説が「気持ち」「集中」で語っている瞬間、実際のピッチ上では明確な戦術的現象が起きていることが多い。その齟齬に気づけるようになると、もう素人ではありません。「今の失点は集中力の問題ではなく、偽SBが絞ったスペースを突かれた構造的な問題では?」と自分で判断できたら、戦術眼が育った証拠です。
6つ目は、母国代表以外のチームも1つ持つこと。日本代表だけを観ていると、日本の戦術的個性を相対化する基準がありません。「自分の推しクラブを1つ欧州に持つ」──これが遠回りのようで最も効きます。マンチェスター・シティ、アーセナル、レアル・ソシエダ、ブライトン(三笘がいますね)、ブレントフォード(データ戦術の先端)、あるいはペップ系の系譜を辿りたければジローナ──どこでも構いません。1クラブを2〜3シーズン追うと、戦術の進化と選手の成長が可視化され、W杯のような単発の大会を観た時の解像度が桁違いに上がります。
7つ目、そして最も大切なこと。自分の「好き」を大事にすること。戦術論は観戦を豊かにするための道具であって、観戦を義務に変えるためのものではありません。三笘のドリブルが好き、佐野の刈り取りが好き、あるいは「よくわからないけど何か熱い」で構いません。分析的に観る日と、感情的に観る日を分けるのが長く楽しむコツです。遠野という土地でサッカーに触れてこられた感覚──地域の記憶と身体性を含んだ観戦経験──は、分析的解像度とはまた別の次元にあり、両者は相互補完的です。
2026年6月から7月にかけて、48カ国が北中米で1ヶ月間戦います。ここまでの対話で整理した「4局面・ブロックの高さ・スターターと終端・トリガーと即興・決め事の比率」という観点の束を持っていれば、どの試合を観ても何かしらの発見があるはずです。そして、観戦体験の蓄積は、創作や経営判断の比喩的リソースにもなります──集団が共有する記憶で動く組織、スターターと終端の分業、トリガー設計、即興性と構造のバランス、これらはサッカーの外側にも広く応用できる枠組みです。
良いW杯になりますように。
──本日はありがとうございました。
ポゼッション・シーケンス:一方のチームがボールを保持してから失うまでの一連のプレーを1単位として数える分析単位。1試合で両チーム合わせて200〜300回発生する。
イベントデータ:パス・シュート・タックル・ドリブルなど、選手個人の行動を1件ずつ記録した詳細データ。1試合あたり1500〜2000件発生する。
4局面理論:オランダ人指導者ファン・ハールらが体系化した理論で、サッカーの試合を「攻撃」「守備」「攻撃→守備のトランジション」「守備→攻撃のトランジション」の4つの局面に分類する考え方。
xT(Expected Threat):各イベントが得点に繋がる確率の変化を数値化する指標。「期待脅威度」と訳される
VAEP:選手の各アクションが得点・失点確率にどれだけ寄与したかを評価するフレームワーク。
ポジショナルプレー(juego de posición):ピッチを縦5レーン×横4ゾーンなどに区切り、各ゾーンへの選手配置にルールを設けることで攻撃を構造化する戦術思想。グアルディオラがバルセロナで体系化した。
ゲーゲンプレッシング:ボールを失った直後の数秒間に全員で奪い返しに行く守備戦術。クロップが代表的。
xG(Expected Goals):シュートが得点に繋がる確率を、シュート位置・状況などから統計的に算出した指標。「期待得点」と訳される。
5レーン:ピッチを縦に5本のレーン(左サイド、左ハーフスペース、中央、右ハーフスペース、右サイド)に分割する考え方。
ハーフスペース:5レーンのうち、サイドと中央の間にある2本のレーン。サイドバックとセンターバックの間にあたり、現代攻撃戦術の最重要エリアとされる。
3rd man run(サードマン・ラン):2人のパス交換に絡みながら、3人目の選手がスペースに走り込んでパスを受けるプレー原則。
トランジション:攻撃と守備の切り替え局面。ボールを奪った瞬間、または失った瞬間の数秒間を指す。
ブロックの高さ:守備時にチーム全体をピッチのどの位置に配置するかという戦術選択。ハイプレス(高い位置)、ミドルブロック(中盤)、ローブロック(自陣深く)の3種類がある。
ビルドアップ:GKや最終ラインから前線へとボールを運ぶ攻撃の組み立てプロセス。
PPDA(Passes Per Defensive Action):相手にパスを何本通させてから1回守備アクションを起こしたかを示す指標。値が小さいほど積極的にプレスしていることを意味する。
アンカー:中盤の最も低い位置に1人で配置される選手。CBの前で錨(anchor)のように居座り、相手の攻撃の中央ルートを塞ぐ。
偽9番:本来CFのポジション(9番)に配置されながら、実際は中盤まで下がってビルドアップに関わる選手。メッシのバルセロナ時代が象徴。
ポストプレー:CFが前線で味方のパスを受け、味方に落としたり、ボールをキープして起点になるプレー。
ピボーテ(pivote):アンカーのスペイン語表現。文字通り「軸」「支点」の意。
インバーテッド・サイドバック(偽SB):サイドバックが守備時にサイドではなく中央寄りに絞り、アンカーの横に並ぶ動き。グアルディオラが体系化。
ボール・プレイング・センターバック(BPCB):守備だけでなく、ビルドアップで前線へボールを供給する能力を持つCB。
ファースト・ディフェンダー:守備で最初にプレッシングを仕掛ける選手。チーム全体の守備の発動条件を決める役割。
プリンシプル(原則):チーム全体で共有する基本的な約束事。試合中の判断の前提となるルール。
デュエル:1対1の局地的な競り合い。ボールを奪い合う場面、空中戦などを含む。

