「TONO DAO」のために書いた文章を、ウェブ上で広く読めるように再投稿しました。リアクションや議論は https://discord.gg/tonodao の「#🎤|ステートメント」チャンネルでお待ちしています。
小盆地宇宙とは
農学博士・文化人類学者の米山俊直(1930 - 2006)が唱えた「小盆地宇宙」というアイデアがあります。乱暴に要約すると、世界には盆地状の小さな宇宙が数千も数万もあって、それら国家未満のまとまりがゆりかごとなり、ネットワークとなり、社会・文化が発展してきたとする考え方です。
きっかけとなったのは米山が評論家・社会学者の加藤秀俊氏を誘った遠野旅行。その感慨が共著『北上の文化〈新・遠野物語〉』(社会思想社, 1963年)にまとめられ、後に小盆地宇宙論として発展し、『小盆地宇宙と日本文化』(岩波書店, 1989年)で一冊の本になります。
米山は著書のなかで奈良盆地、亀岡盆地、篠山盆地、綾部盆地、福知山盆地、峰山盆地、京都盆地、そして発想の起源となった遠野盆地を紹介していますが、日本には代表的な小盆地だけでも61の地域があるとしています。さらに、アフリカでのフィールドワークも行っていた米山は、世界中にそのような盆地を見つけることができるといいます。
この理論は、世界をモデル化するものとしては梅棹忠夫(1920 - 2020)の『文明の生態史観』(中央公論社, 1967年)のように大流行したというわけでもなく、よく言及されているものでもないのですが、意外にも地理的空間の理論をネット空間にもあてはめられる応用性をもっており、いまこそ注目すべき点があるのではないかと思っています。
壁で区切られるのではなく峠でつながる小盆地宇宙
盆地は、周囲を山や丘に囲まれた地形をいいます。その内と外を区切るのは、壁ではなく峠です。越えるのに苦労はあるけれど、開かれている。それが壁とは違う峠の特徴で、いつでも外にほどけていくことができる自由さを持ちながら、内に住まう人々にまとまりを生み出します。
米山はそれを「小盆地はかなり多くの場合、中心にモノ、ヒト、情報の集散する場としての市ができ、そこに統治者の居住する城ができる。市と城とどちらが早くできたかは、個々の例で異なる1」と書いていますが、それをこんな風に読み替えてみるとどうでしょう。
Web32のコミュニティはかなり多くの場合、中心にNFT、ヒト、情報の集散する場としてのマーケットができ、そこにメンバーの常駐するDAO3ができる。マーケットとDAOとどちらが早くできたかは、個々の例で異なる。
デジタルコンテンツでありながら実際のモノに近しい性質をもっているNFTが登場したことで、ネット空間に自由な市が出現し、その価値を守るDAOという城が意味を持つようになりました。
具体的には、山古志の場合は「NishikigoiNFT」とDAOが同時に誕生し、余市の場合はまず「Yoichi Mini Collectible Collection」というNFTが、紫波の場合はまず「Web3 Tone Shiwa」というDAOが誕生しました。遠野の場合はまず「TONO DAO」があり、その後に「#GOTL4」というNFTが誕生しました。このように、順番はともかくとして、NFTとDAOは市と城の関係で相互に価値を支え合っています。つまりこれらは、現実世界とネット空間の間に誕生した小盆地宇宙と言えます。
平野宇宙と小盆地宇宙の間を歩くこと
もうひとつの重要な指摘として、米山の小盆地宇宙への関心は、もともと現実的課題への関心から出発しました。それは、一民族一言語一文化という日本国に対する誤った思い込みや、経済・情報・社会・文化などの首都圏一極集中に対するアンチテーゼとしてあったのです。このような問題はいま現在も地理的空間のなかに存在していますが、ネット空間のなかでも同様のことが問題になっています。
情報技術の進化と浸透によって、ネット空間には広大な平野が誕生しました。複製や移動のコストが限りなくゼロに近づいた効率的な空間では、一部の場所にお金や注目やあらゆる富が集中します。誰もが参加できるけれど、一部の人しか恩恵を受けられない平野宇宙です。それはいわば、オリンピックしか存在しなくなった世界のようなものです。運動会で一等賞をとっても誰も喜んでくれない、というような。
気がついてみれば、グローバル化とは金融と情報の分野に限った話で、社会や文化はその流れのなかで置いてきぼりになっています。反動として、西側先進諸国では自国主義への傾きが見られ、そこから脱出しようとする人々はゲーテッド・コミュニティや洋上国家の夢を見ます。どちらも、壁の中に引っ込んだり、あらたな壁を作ろうという、壁をめぐる話です。でも、もしそれが峠だったら?
米山は、国家や集中に対するアンチテーゼとしてこの論を出発させながら、平野と小盆地を二項対立では捉えませんでした。この点が重要です。つまり、小盆地宇宙をWeb3的に転回するとき、そこに含意するのは、平野宇宙と小盆地宇宙が峠によってつながり、なだらかな起伏のある宇宙がどこまでも広がっている状態です。ネット空間と地理的空間をつなぐ小盆地宇宙をNFTとDAOによって立ち上げ、それをいくつもネットワークしていくことができたなら、すべてが平野宇宙と化していくネット空間と地理的空間の両方に意味のある選択肢を追加できるかもしれません。
平野宇宙と小盆地宇宙。いくつもの宇宙がある世界において、私たちは今よりものびのびとそれらの間を歩くことができるはずです。私は、小さな盆地のようなささやかのプロジェクトに、そんな大きな夢を見ています。
2022年9月20日 佐々木 大輔
『小盆地宇宙と日本文化』p192
ここでは、ブロックチェーンを使ったコンテンツやサービスの総称として
分散自律組織。原義・狭義には報酬の支払いや意思決定がスマートコントラクトによって執行される組織のこと。しかしここでは、広義に「見知らぬ人々がオンラインで安全に働く方法」あるいは単に「Discord等でのオンラインでの集まり」として