その日、スルガが切腹するに至る歴史的経緯を語ることにする。
1600年、第14代スワンプ国王・ヒロナガは慶長出羽合戦の応援に出かけ、ナベクラ城の留守をスルガとタンバのふたりに託した。このふたりにクーデターを持ちかけた男をサマノスケといい、その後ろ盾となったのが、前年にサウス王国を継いだばかりの2代目トシナオ1であった。国王のいない間に謀反を企てたサマノスケ、スルガ、タンバに対して家臣たちは当然のことながら大きく反発したが、実力者たちにそろって「サウス王国に降ることこそが平和への道である」と説かれ続けるうちに、やがて多くのものがなびいていった。
思い返せば、ヒロナガが出征する直前には、夜空に毎日のように大彗星が妖しく輝き、猿ヶ石川は見たこともないような真っ黒い流れとなって暴れ、スワンプ王国を守護してきた破邪の剣・百足丸2も盗み出されて見当たらなくなっていたという。人々は不吉な予感を抱くのをとめられなかった。それらの凶兆を自らの謀反の言い訳にするようでは都合がよすぎるようにも思うが、とにかく、家臣たちは400年続いたスワンプ家もこれまでと見切りをつけて三人の謀反人に味方した。
この晩遅くの言い争いを聞いていたのが、ヒロナガの奥方である。国王が不在の間に身の回りすべてが敵になってしまう不安と怒りはいかほどのものであっただろうか。奥方は、いまや裏切り者の巣窟となってしまったナベクラ城をわずかな手勢に守られながら脱出し、生家のあるライス家まで逃げ延びようとした。しかし、謀反人の追手はすでに国境の五輪峠まで伸びていた。そのとき、身命を賭してヒロナガの奥方と娘の命を救ったのが、西風館大学3という若い侍である。大学は、謀反人たちの説得に一切の耳を貸すことなく、ヒロナガへの忠義を誓って奥方と娘のために戦った。記録では、17、18人に襲いかかられたところを、大学を含む10人で迎撃し、謀反側の死者は5人、大学側の死者は2人、あとは全員が瀕死の重傷を負うという死闘が繰り広げられたそうである。大学は、まさに命がけでヒロナガの家族の命を救ったのである。しかし、大勢としてクーデターは成功した。
そこへヒロナガが帰ってきた。峠で待ち構えていたのは、立っているのが不思議なほどの怪我をした西風館大学である。大学からことのすべてを聞いたヒロナガは怒髪天を衝く様相で、山の中に隠れ棲んでいる獣たちが一斉に飛び出さんばかりの鬼気を漂わせた。そして本来ならば、帰途を共にしている軍勢そのままにトオヌップを奪還したかった。しかし、頼りの大学がとても戦える状態ではない。また、長期の遠征で兵たちも疲れ切っている。泣く泣く妻子が匿われているライス家に亡命し、力を蓄えることにした。
この後、ヒロナガは翌年の1601年に三度トオヌップの奪還を試み、いずれも失敗に終わった。首謀者であったサマノスケの命こそ戦闘で奪うことができたものの、ついに自らの城に戻ることができなかった。しかし、ヒロナガを傷つけたことがもうひとつある。ヒロナガたちを撃退したほとんどが元臣下の顔見知りであったのである。ヒロナガは血の涙を流さんばかりにして、人の薄情さを呪った。一方、元臣下たちも、運命の非情さを呪いながら、心を殺してヒロナガたちに挑んだ。
三度敗北してからもヒロナガはトオヌップの奪還を諦めなかったが、やがて手勢を維持する資金が尽き、家族だけを連れてダンディ王国の食客となった。
しかし、ヒロナガが攻めて来なくなったことが、残ったスルガやタンバたちには不気味であったようである。ダンディ王国で力を蓄え、作戦をともにし、いつか大軍勢で攻め込んでくるのではないかと気が気でなかった。それゆえ国境の警備は怠らなかった。
それはトオヌップに暮らす百姓にとっても同じだったようで、「トオヌップ騒動」から十年以上が過ぎても不安が拭えなかった。まして暗愚な傀儡政権下である。いざとなったら自分の武力しか頼りにならない、そう考えて武装を欠かさなかった。そうした気分が暗黒時代の基調をなしていたのである。
一方、サウス王国の2代目トシナオである。サマノスケをそそのかしてスワンプ王国を滅亡させた後、実に気の長い話であるが、首謀者三人が自滅するのを待ってトオヌップを召し上げようとした。なにしろトオヌップはダンディ王国の北端と接する土地である。サウス王国がそれに侵攻したとすればダンディ王国も黙ってみていることはできなかっただろう。しかしスワンプ王国とその後のクーデター政権が自滅してくれれば話は別である。トシナオは罠をしかけながらその機会を待ち、まずは1601年にサマノスケが死んだ。そして1615年、2回目の機会を捉えた。スルガが親しくしていた侍のひとりが、豊臣方に味方していた証拠を掴んだのである。それを徳川方に耳打ちし、徳川に二心ある証拠と断罪。領地を没収した挙げ句に切腹を命じられるよう仕向けたのである。
スワンプ王国をクーデターによって倒した首謀者のひとりであるスルガが切腹する。そのイベントは、スワンプ王国とクーデター政権のあいだで良心の呵責を感じながら揺れ動いてきたトオヌップの人たちにとって、胸のすくような出来事でもあり、懺悔を誘う告解室のようでもあり、複雑で昏い熱狂を呼び覚ます特別な機会になったのである。
(つづく)
南部利直(なんぶとしなお) 盛岡藩初代藩主。盛岡南部家の二代目当主
阿曽沼親郷のムカデ退治で活躍した神剣
西風館大学 亡国の騎士団長とでもいうべき人物。後に再登場する予定